機関誌マラソン第17号締切6/8 正午です

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機関誌マラソン第17号

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  1. 経営問答 「能力の劣る社員に対する心構えをいかに持てばよいか?」

    つねに「社員の能力がもっと高ければいいのに」と無いものねだりをしてしまう自分がいます。
    社員の能力がもっと高ければ・・・、私の期待値さえクリアしてくれていれば、通期の目標なんて楽々クリアし、業績を伸ばせるはずなのに・・・。

    とは言え、だから採用に力を入れようなんて思っても、実際に満足行く採用をしたところでこのジレンマは決して解決できません。なぜなら、部下が成長しないのは、経営者である自分自身が彼らを教育できてこなかったからに他なりません。

    部下が成長しない。部下が報告しない。部下が挑戦しない。
    部下がついて来ない。部下が心を開かない。部下が熱くならない。

    これらはほぼ全て経営者や上司に原因があるのだという想いです。

    「背中を見せて育てる」というのは、教育にエネルギーを注がない言い訳であり、それは社員を成長させる責任を放棄していることと同じかと思います。とは言え、人材教育には教える立場の人間に確固たる「教え」、一般化された法則的な「教え」や「知識」が必要です。「教え方」にも技術が必要。さらに心から部下の成長を願うという「愛情」と「情熱」が必要になってきます。

    多くの経営者はここで挫折するのだと思います。自分自身に確固たる信念や見識、そしてそれを人に伝える経験とスキルなんて、そうそう持ち合わせてはいないものです。
    それでも、社員がかわいくて、社員といっしょに何十年も歩んで行きたいのであれば、それをやらねばならない。私は最近になって、そう思うようになりました。

    塾長の教えは、「能力」よりも「考え方」を重視されます。
    塾長の教えは、キレる能力の高い人材よりも、鈍なれど真面目で会社を愛してくれる人材を重視されます。

    「仕事のできる人と、人間味のある人の組み合わせなのです。真に会社のために役立ちたいと思っている人こそ、大切にして下さい。」

    まさにこれを目指さねばならないと思います。鈍なれど真面目な人材を根気強く教え、伝え、やりがいを得て貰い、やがて社内で確固たる経験とスキルを身に付けたら、それほど心強いことはありません。また同時に、もともと能力が高くて長続きしそうにない人材にも、人間性や心を高める教育を行う。

    肝心なのは、人を教育する、人を成長させる環境を本気で作ろうとしているかどうかだと思います。

    中小零細企業が中堅企業、そしてその先に成長するためには、経営戦略の中に「教育・研修」をしっかりと取り入れて行かねばならないと今まさに考えているところです。社員を活かすも殺すも、磨くも磨かないも、経営者次第なのです。

    以上。

  2. 機関紙マラソン17
    株式会社サキカワ 久保貴啓

    ●塾長理念
    ありのままの自分を見つめる
    大事なことは客観的に見る素直な心を持つこと、学ぼうとする謙虚な心を持って一生懸命努力すること。自社の中でもずっと訴えて、事あるごとに話をしますが、なかなか伝わらない。伝わらないというよりも、自分のことだと気付いてもらえない…と言った方がいいかもしれない笑 
    フィロソフィを勉強する中で、私は問題ないと言う人に限って自分を客観的に見れない、指摘されると聞けない人が多いのは問題だと思う。でも、まずはここからしっかりと理解し素直な人を育てることから、先々の勉強につながる第一歩だと思うので、根気よく努めたい。

    ●塾長講和
    人間として何が何が正しいのかを追求する心、理想を追い続ける心が大切である。そのためには、誠意、正義、勇気、愛情、謙虚が必要。自分にとっての正しい判断ではなく、人間としての正しい判断を経営者はするべきである。
    自社の中でも、よくあることで、自分は正しいと思って言動しているのに、思っていたような反応や結果が得られないと、間違っていたのか?と思い止まる時があります。考えて出したつもりの言葉も、もっといい方法があったのかも知れないと悩むこともあります。
    学び始めたばかりの弊社の中では、まだ確立された考え方が根付いておらず、私的な意見に左右されがちですが、理想を見失わずにしっかりと落ち着いて真っ直ぐ判断したい。

    ●塾長経営問答
    •人徳か、強権か?人を従わしめる二つの方法
    まさにこのような状況で、強権にて代表を務めようとし、会社がバラバラになりかけた時に、盛和塾と出会いいろんな気づきを与えてもらいました。あの時出会えてなかったら、会社は酷いことになっていたでしょう。気づいたことであの時の自分よりも上手く行き出したこと、それでもまだまだ足らないこと、人として至らないことの連続で、自分で自分が嫌になりますが、経営者になった以上、死ぬまでこの繰り返しだと思っています。塾長も言われるように、行動あるのみ背中で語れるよう努力したいと思います。
    ・人材育成について
    一生懸命に頑張っているけども実績の伴わない人をどう処遇するか?僕も似た経験を持ち悩んでいます。ここでの塾長のお答えはとても共感でき、先代にも何度か言われた事でした。しかし、少ない人数での一人当たりの生産性や責任を考えると中々大らかに構えれない自分もいて、いつまで、待てば…と悩む毎日です。フィロソフィ自体も、当たり障りのない返答だけしている人もいれば、全く違う自分なりの解釈や評論をする人もいます。また、日に日に言葉に行動に力を持ち目の色を変える人もいるので、とてもしんどく感じるのと、何にも変えがたい喜びを得ることもあり、経営者として素敵な人生経験を得ていると思います。そんな中で、私が感じる良いことも悪いことも含めて、会社にとって…と答えを真剣に出して、私自身、長い目で待てる気持ちも成長させ、当人には何か結果を出させてあげるべきなのかなぁと、そして感謝の気持ちを持つべきだと思いました。
    経営問答は、今までの機関紙の中でも面白いコーナーでとても楽しく読めた。経営発表の塾長のお言葉も面白いが、問答の方がより細かくピンポイントに答えをもらえるので、参考になることが多かった。経営者の悩みは昔も今もそんなに変わらなく、どの経営者も同じような悩みを持ち日々試行錯誤を繰り返してるのだと、自分だけではないと勇気をもらった。

  3. 盛和塾17号 ワキ製薬㈱脇本

    今号の塾長理念は、自分を客観的に見ることができるかどうか?について書かれていました。誰もが、過去を振り返り、あの時の選択は本当に正しかったのか?と考える時が来るはずだとおっしゃっています。その時に、自分自身をいかに客観的に見ることができ、謙虚な心になり、自省できるか。その反省を糧に頑張ることができるか、それが大切だと書かれていました。このことについて、塾長は絶えず繰り返される、とおっしゃっており、自分の人生を考えたときに、今後もきっと選択を迫られ、決断すべき時が何度も訪れるのだろうな、と考え込んでしまいました。その時にいかに、客観的な視点から自分を見ることができるか?そして、それが出来たときに、正しい選択が出来る人間になるのであろうなと感じました。人には、どうしても感情というものが入り、そこには好き嫌いというものさしも必ず含まれると思います。そういった数多くの選択を誤る種がある中で、いkに正しい選択をするには、やはり人間力を高めるしかないのだな、と改めて学びました。

    次に塾長講話ですが、台湾での気塾式で行われた記念講演の様子が書かれていました。日本と台湾では、時代の進み方にかなりの差があり、特に、この時代にはそれが顕著であったと思われます。日本も、経済発展する際には、汚職やスキャンダルにまみれ、日本人特有の道徳心よりも、いかに金儲けをするか?という利己的な考えの時代であったことが伺えます。台湾も、この当時はそのような時代であったということが読み取れます。
    日本が、その時代をいかにして抜け出したのか?京セラは、どうやってその時代を乗り越えたのか?そういったことが書かれていました。
    やはり、利益主義よりも、何が人として正しいのかをベースに作られた「京セラフィロソフィ」が大きな舵取りになったことが書かれていました。人としてのモラル、仕事を行うための熱意、意欲の生み出し方、そういったことが書かれているのは、時代を超えても変わらない塾長の信念の強さのようなものを感じました。

    最後の塾長広報室では、経営者の創造性=強い心構えである、ということを語っておられます。経営者というのは、政府の庇護や税金に対する不満などを口にすることが多いが、それら全てを、自己責任の中に含み経営することが、会社の未来について真剣に考える第一歩であるかのようにおっしゃっています。そういう第一歩を踏み出した経営者が、考えに考え創意工夫、創造性のある仕事をするのだとおっしゃっています。
    社会に出ると、突出した意見を言うとルールを破った、異端児だと煙たがれる、そのようなことを言われても自分の信念を貫く強さを持つように、ということが書かれていました。自分自身を冷静に見たとき、良く変わった考え方をする、と言われます。しかし、この文面を読んで、それは創造性が豊かということなのか。と少し自分自身でスッキリした部分がありました。異端児と創造性、こういった観点は持っていなかったので、これを機に、より異端児らしい考え方をして、もっと面白い経営方法を考えるべきだと改めて感じました!

  4. 機関誌「盛和塾」17号   【岸 克行】

    <塾長理念 ありのままに自分を見つめる>
    塾長をもってしても、人生を振りかえってみると後悔することばかりと綴られています。塾長らしいといえばそうですが、この境地に達してなお、もっと良い決断ができたのではないかと自問自答されています。
    また、若い時に失敗や苦労を経験したため、人間として成長し、後の人生を強く生きていくことができる…と。
    前述の塾長の後悔とは、過去の状況を振り返り、実際に下した決断に対して、もっと良い選択肢を考えるという非常に前向きな思考です。
    何故前向きかといえば、今後同じようなことが起これば、振り返りによるもっと良い決断ができるからです。反対に言えば、しっかり振り返っていなければ、またぞろ前回とおなじようなことをするのが人間です。
    判断は心でしていると学びました。自分自身を客観的に見つめるというのは苦しい作業です。私自身は失敗や醜態に蓋をして、振り返るのを避けていることが何件かあります。だから同じような失敗をするのでしょう。
    素直な心で自分を見つめることなしには、何も始まりません。
    盛経塾大和に参加させていただいていると、謙虚な心で自分を見つめ直さないといけないと思わせていただいています。

    <塾長講話 社会のために利潤を追求する姿勢が必要>
    “経営者に経営理念がなく、合理性や効率を追求する経営を続けていくと、何をしても儲かればよいという風潮が社内に生まれ、結果として少しぐらい不正を働いても良いという社員も出てくる。” “社内に不正がありそれが見過ごされるようになれば、会社全体のモラルはたいまち堕落する。社風はわるくなり、業績は悪化し、いつか破綻する。”
    真面目に働くのが馬鹿らしくなるのですね。
    理念の浸透とともに、不正ができないシステム双方重要です。

    <塾長 広報室>
    “経営者はもっと政府の庇護が欲しいとかをいわずに自己責任で経営するのだという独立心を持とう。そこで初めて、会社をどのようにしようとかという創造性、創意工夫が生まれてきます。”
    まさしく今回のコロナ禍に重なります。
    政府の補助策を受けるのが駄目といっている訳ではありません。緊急非常事態ゆえに、必要なものは遅滞なく手当をするべきです。
    今後の社会の変容に対してどのような価値を提供していくかを考えていくのが重要です。
    今回も学びが詰まった1冊でした。感謝。

  5. 機関誌「盛和塾」17号

    <塾長理念・ありのままの自分を見つめる>
    「若い時に失敗や苦労を経験したために、人間として成長し、後の人生を強く生きていくことができる」
    「自分自身を客観的に見る素直さを持ち、過去の失敗から学ぼうとする謙虚な心を持って一生懸命努力することが必要」
    できるだけ努力をせずに、楽をして地位も名誉も財産も得ることができたらいいな等と考えていた頃もありました。
    今でも苦労や失敗はできるだけしたくはありませんが、それ以上にそこから得られる人間としての成長への期待が高いです。
    ただ、苦労や失敗を成長へとつなげるためには、「素直さ」「謙虚な心」「努力」が必要であることを教えていただきました。

    <塾長講話・利己のためでなく、社会のために利潤を追求するという姿勢が必要>
    「何の努力もせずに自分の資産を膨らませたいという人々の貧相な精神が、バブル景気を生み出した」
    まさに、若いころの私の精神状態です。「貧相」ですね。
    「経営者の方々がさらに立派な経営者になってくれれば、さらに社会もよくなり、発展すると考えている」
    立派な経営者にならないといけません。中小零細企業の経営者への低生産性への非難の声もあります。経営者と言うだけではだめで、社会に貢献し、評価を得るには「立派な」経営者になるしかないです。
    「私のように世間を知らなかった男でも、三十数年でここまでの事業ができるようになった」
    本当に三十数年でここまでの会社にされたことに、あらためて凄さを思い知りました。
    「どうして京セラだけが成功し続けるのか。正しい経営哲学を持ち、社員がそれを自分のものにして理解し、その哲学に沿って全従業員が誰にも負けない努力をし、成功しても謙虚さを失わないでいるから」
    哲学と共有。プラス努力と謙虚さ。とにかく自分のものとなるまで繰り返しが必要です。
    「怒りや嫉妬、恨み、不平不満といった否定的な思いを持つと考え方はマイナスになる」
    「経営者は暗い表情はもちろんのこと、不平、不満、愚痴を部下にもらすようでは経営者として失格」
    特に私の場合は「怒り」、「愚痴」が要注意です。

    <塾長経営問答Ⅰ>
    「リーダーというのは、人を従わさせ、従わしめなければならず、そこが非常に難しいところ」
    「一つは、その人の人格・識見が立派だから、あるいは徳をもっているからついていくということ」
    「猛烈な勉強を今からやらないといけない」
    「部下を引っ張っていくには、やはり言葉が要る。言葉は非常に大切」
    中国の古典や宗教書の読書を含め、「猛烈」に勉強していきます。
    「経営者は孤独。孤独に耐えられず、ノイローゼみたいになってしまうと経営者としての正常な判断はできなくなる」
    時々、本当にノイローゼみたいになってしまう時があります。厳禁ということですね。
    「京セラには、技術を上回る総合力、人の心という何にも代え難い人間関係の絆があるからこそ強いのです」
    「会社は、みんなが本当に力を合わせてさらに素晴らしい舞台へと築きあげ、参加した人が全員幸せになるという舞台のはず」
    人の心が最も大切。そして目指すべき会社の舞台は上記のようなもの。素晴らしい教えを頂きました。

    <塾長経営問答Ⅱ>
    「私の場合には、その人の気持ちがどうかということを一番に考えました。その人が誠実で、会社のために一生懸命働こうという気持ちを持っていれば、大事にしようと考えたのです」
    「筋肉質の会社というのは、仕事のできる人と、人間味のある人の組み合わせ。真に会社のために役立ちたいと思っている人こそ、大切にしてください」
    誠実さ、会社のために一生懸命働こうという気持ちを持っている人。最高の従業員だと最近本当に痛感しています。
    「人心掌握に要諦などありません。熱意、これしかありません」
    楽な道はないということ。とにかく、熱い思いを一生懸命しゃにむに伝えるということ。
    「経営というのは、計数に強くなかったら絶対にだめなのです。会計士、税理士などいろんな人の知恵を借りて、自分の経営の数字に強くならないといけません」
    税理士の立場として、気を引き締めて頑張ります。「絶対にだめ」と言い切っていただいていることに感動しました。

    今回もありがとうございました。

  6. [盛和塾]17

    裏表紙から ありのままの自分を見つめる。

    自分自身の人生を振り返ってみて、後悔することは多いです。

    粘り強さが不足して、後から思うと、せっかく成就できるはずのものを途中であきらめてしまったこともあったように思います。

    因果応報といいますが、結局は自分の心が決めていたと思います。

    もっと前向きに生きていればうまくいったであろうにということも多いです。

    逆に、努力を積み上げた結果、うまくいって自分を褒めてやりたいような時もあるにはありました。

    しかし、良くも悪くも、過去は変えられません。

    過去はすべて自分のために良かったと思おう。

    過去オール肯定。

    船井幸雄さんもこんな言葉を残しています。

    であれば、過去を思い煩うことなく、現在から未来に向けて強く生きるしかありません。

    失敗や苦労のおかげで、自分が成長できた面もあると思います。
     
    過去の失敗から学び、謙虚な気持ちで努力することが肝要だと思えてまいります。

    自分は自分でいいじゃないか。

    今日から明日に向かって生きよう。

     R2.6.5 福岡 英一

  7. 塾長講話
    改めて心を高める必要があると確信しました。大切なのは自分の中に確固たる経営哲学が存在し、それが私心ではなく、従業員のため、社会のためである事を前提とし人間として生物としてそれが正しいのかを自問自答する必要があると思います。無論そのような経営哲学が存在しても幾多の誘惑であったり私心が邪魔をするでしょうが、学びを通ずることによって強い心を持ち高める事でその困難に打ち勝つ事ができるのだと確信しました。 
    塾長経営問答
    このような形での塾長への質問コーナーを初めて拝読しました。今後その壁に打ち当たりそうな内容ばかりで今後の私のバイブルとして見返したいと思います。
    我虚心に経営を語る
    株式会社システック梶村氏の発表に共感を覚えました。下請けからメーカーへ成長した成功事例はまさに当社が目指す目標地点であり、(正直なところ今更メーカーへなれるのかという気持ちもあるが、)目指さなければなりません。「自社製品を作りたい」という強い思いがあったからこそ成功した事例は今更と思っている当社では到底達成できないのだと反省することもできました。その思いを社員と共有し共に進んでいき体制づくりを急ぎたいと思います。 
    今ここに生きる塾長の一言
    一日を振り返り反省する。日々反省を繰り返すことで今日に判断よりも明日の判断と言ったように洗練された判断を行えるのではないかと感じました。そして判断するにあたっての基準「本能」「感覚」「感情」「理性」という4つの基準はあやふやなものであるので尚更反省し振り返る必要性はあると思いました。

  8. 機関誌駅伝「盛和塾17号」2020.6.8締切
    ありのままの自分を見つめる
     私は最近ゴルフにハマっているのですが、ありのままの現象を受け入れることが大事だと思います。
     アマチュアはプロではありませんから、失敗が多いしドライバーをナイスショットして喜んでいても、ボールまで行ってみるとディポットにハマっていたり、バンカーにつかまっていたりします。
     そこで一喜一憂して更に欲張ったり、取り返そうとするとその後の失敗につながります。
    身体も平常心を保てないと微妙に影響を受けてしまうのです。
    でも、先日読んだ中部銀次郎というアマチュアの名プレーヤーの名言で「プロは狙っうことで集中力を上げて成功確率を上げることができるが、圧倒的に練習量が違うアマチュアはありのままを受け入れて一喜一憂しないことで失敗を減らせる」というようなことが書いてありました。
    アマチュアでも現実や先輩やコーチの助言を素直な心で受け入れること、そして努力を続けることでプロに近づくことはできます。
     そうして中部銀次郎氏はプロを超えるアマチュアと呼ばれるまでになりました。稲盛塾長は私からしますとプロゴルファーの中でも世界的なトッププレイヤーです。
     ですが塾長ですら大いに失敗されておりますので、私も見習い失敗を恐れずに
    挑戦し、改善して少しでも塾長に近づきたいと思います。
     私も何者にも囚われない素直な気持ちで客観的に自分を見つめ、謙虚に失敗や苦労から学ぶことで人間的に成長して強く生きていきたいと思います。

    塾長講話:台湾開塾記念講話
     バブル崩壊が年々ひどくなり山一証券が破綻したのが確か1997年だったと記憶していますが、その一年前の1996年のご講話です。
     未曾有の不景気で出口なんか見えていなかった時で、金融機関も多額の不良債権に喘ぎどの企業も業績が悪くどうしようもないという状況でした。
     その中で京セラは浮利を追わずに実業で着々と成長され、増収増益を繰り返しておられました。
     これは驚異的なことだと思います。
     コロナ不況の現在に大いに希望を抱かせて下さる実績でありお話であると感じました。
     「コロナ不況は過去にない不況だから対策も全く前例がないとして考え出さなければいけない」という識者もいますが、私はそうは思いません。
     そもそも過去の戦争やバブル崩壊も世界大恐慌やスペイン風邪もそれぞれ様々な要因が絡み合っていて、これら過去の大不況やパンデミックもどれ一つとして同一に語れるものはありません。
     仕事をしたくても全ての努力を勝利に振り向けなければならなかった戦争とコロナは人々の不自由度が大きい点で似ている気がしますが、その悲惨さや当時の社会的基盤、社会保障、医療レベルなどは戦争当時、現代とは比べ物にならないくらい貧弱でした。
     これらは確かに同一には語れません。
    では、全て条件が違うから、複合的な問題だから塾長のお話だけでは対策が網羅されないというものでしょうか?私は違うと思います。
    これは学び方の問題だと思いますが、具体的対策の不足や塾長現役時代の違いといった「違い」と捉えないで、塾長のおっしゃる「考え方」に答えはあると考え探してみる必要があると思いました。
    京セラフィロソフィの各項目だけではなく、それらを組み合わせみたら答えがあると思いました。
    先日の木曜委員会の世話人ミーティングでは、人生、仕事の結果の方程式が全て包含されているので、7月4日の例会でテーマにしようということになりました。
    また、不況時の5つの対策や不況に備える7つの対策はそれらをまとめてくださっているものであり、複雑に見えるコロナ不況の答えにもなりそうです。
     塾長は普遍的な考え方を説かれているのですから、不況への具体的な対策部分は違うと思いますが、どんな場合でも講演のテーマにありますようにリーダーが「利己のためではなく社会のために利潤を追求する」点を全ての対策の発想の原点に置くことが大事だと思いました。

    余談になりますが、このコロナ不況の対策について気になっていることがあります。
    例えばPCR検査を無症状者に行って患者全体を把握し、拡大に歯止めをかけようという考え方が一番分かりやすいのですが、頭のいい医者や官僚、評論家というものはつい賢い頭で論理追及をしてしまい、過剰反応や過度な対策、過度な原因究明をしていきます。
    未経験のことだからと目の前の現象に囚われて、その都度論理追及をしても過剰反応になってしまうと思いますし、現に今そうなっているのではないでしょうか?
    過剰反応を起こしますと、メリットもあるでしょうがその揺り戻しで大きなデメリットも招いてしまうと思います。
    そもそもウィルスというものは未だ未だ解明されていないことばかりですので、その対策も不確定であるし、特効薬もワクチンも開発されていませんからコントロールも不可能です。
    それにPCRの診断の精度そのものに大いに問題がある。

    このような不確定な条件、私はゴルフを通じて本当に実感していることは先に書きましたが、自分の身の程(人間の知力・体力)をわきまえ、現状、つまりウィルスと人間の長い付き合いの歴史を受け入れることで受け止め方は見えてくると思います。
    医療崩壊や経済的損失、もっと言えば「死」を恐れ、実力以上のしかも論理追及をして極端な対策(メリットの獲得)を講じれば、その分振り幅は大きくなりますのでデメリットも大きくなる。
    まさに天災を人災にしてしまっているのかも知れません。
    その失敗を後日、コロナのせいや中国のせいにしても社会の成長も改善もないが私は今の政治家はやりかねない(トランプや中国は既にそうしていますが)と思っています。
    政治家はポピュリズムに陥っておりますから大抵の失敗は他責にしてしまい、国民もそれを信じることで他者との争い、戦争につながる。
    話がコロナに逸れてしまいましたが、現代の私たちはコロナ不況の主人公であり、その物語の真っ只中で生き残ろうとしているし、未来の世代のために今回の不況を未来の戦争のきっかけにしてはいけないという、それほど大事で深刻な問題だと捉えています。
    さて、過剰な論理追及で人災になっていないか、これからさらに傷を深めてその挙句に世界的に自己防衛本能的に各国の利己が強まって対立に発展しないアという懸念についてなのですが、まずは人災になりそうな点についてです。
    昨日のニュースで日立と東芝が組んで検査キットを月産20万人分を40万人分に増産するそうですが、今世界的に比較してみてウィルスの累計感染者数を抑え、医療崩壊を起こさず、成功している日本が失敗している海外の真似をする必要があるでしょうか?
    人は今の実力を受け入れ、(大変難しいことではあるが「死」を受け入れ)感染者の発生を受け入れ、中度の症状以上の患者を救う努力に注力すれば、感染者で無症状者は調べない。
    無症状者まで調べたら海外のように即日医療崩壊し、経済的傷を深め差別と貧困を増やすだけです。
    その点、日本は論功行賞で大臣になった3世、4世の政治決断の判断基準が未熟な政治家が一部の頭だけ良い論理追及者に突き動かされて、PCR検査を要求したが、保健所や医療機関を含む現場の判断でその要請をある程度骨抜きにしたのが結果的に日本がウィルスを抑えこめて良かったと思います。
    失業者数だけでも日本と海外はコロナの罹患者と死者に比例するように違います。
    この様な何でも把握してしまおうという論理的な生き方や社会の作り方は、完全に管理主義で人間やウィルスという自然をコントロールしようという人間至上主義的なエゴ丸出しの傲った発想になっていると思います。
     一方で自分たちも自然の一部と捉えて、自然を受け入れて共生を考えるしそうもあると思います。
     塾長はバブル不況からこの点を説かれて、利己のためではなく社会のために利潤を追求する」という考え方を提唱されました。
    これは何も自然をありのまま受け入れるというのではなく、宇宙の働きの一面は発展ですので、利他の活動のためにしっかり稼いで、その利潤を社会に還元するというものであろうと思います。

    機関誌当時のような塾長自らの直接薫陶が少ないまま稲盛哲学を学ぶ現代の我々としましては、このコロナ不況を通じて大いにその普遍性を自覚することになる大いなる機会だと思いますし、大成長する機会に出来ると信じます。

    その中でも「人として何が正しいのか」ということを判断基準のチェック項目とし、「心を高めて経営を伸ばす」ということに努めたいと思います。
    先日のテレビで人類学者が人間の本質は利己であるという話をされていました。これに対し塾長が掲げられている誠意、正義、勇気、愛情、謙虚は初期のプロテ
    スタント主導の資本主義を例に出していただいている様に、高い倫理観の代表でしょう。
    今、世界的なコロナの問題以前から貧富の差が問題になって来ていて、富の再分
    配が上手くいっていないという実態に対して、さらに大幅な金融緩和策で株を含めて富裕層にお金が入っています。
     それにテクノロジーを使いこなすスキルのある人はさらに稼げるが、そうでない人も多いのでそういう人たちは益々困窮するというのでは社会不安が増してしまいます。
     この社会が「人としてどうあるべきか、何が正しいのか」というモラルに照らして考えますととても健全だとは言えません。
     マクロ的にはこういうことだと思いますので、ミクロの次元で当社の場合何ができるか、私が何が出来るかということを考えますと、それに対しては社員のスキルを上げてあげるということになるでしょう。
     ひいては取引先にも高い要求をするということが大善の発想だと思っています。
     そういう意味で私が何度か盛和塾の時からお話ししている「日本人労働者の生産性の向上」はとても大事なことであると再確認いたしました。
     塾長も「努力には限度がない、限度のない努力は本人が驚く様な偉大なことを達成させるものである」と言われておりますので、それを自主性を引き出すとともに応援したいと思います。
     塾長の言葉を思い出しました。
    利己に押されつつある私たちが利他の精神をもっと出すには、「利己の精神を踏みつけて抑えた分だけりたの精神が出てくる」という塾長の言葉を実践していうこと、広めることが大事だと思います。
    具体的には道徳や宗教教育が崩壊した今、京セラフィロソフィなどを通じて社員に共有することが社会に利他的精神を思い出させる第一歩であると考えます。
     マクロ的には世界のリーダーは自らが心を高め、人々に利他の精神を思い出させることを啓蒙していって欲しいです。
     
     それから最後に企業の継続的な発展には人生、仕事の結果の方程式にある様に、考え方が大事なので、そこにフィロソフィを据えて能力と熱意を最大化していきたい。
     私も当社の社員にもそれを課していきたいと思います。

    (塾長との経営問答)
    八木熊・八木さん
    事業承継については家内の会社に修行のために次男を入れた私としましては、将来、息子が必ず悩むであろう内容なので、仕事を通じて人間性を高めること、誰にも負けない努力、実績を上げること、能力を向上させ続けることを説いて、自主的に熱意が出て頑張れる様にしなければならないと思っています。
     これはとても難しいことです。
    あまり教え過ぎてはならず、助け過ぎてもほったらかしにもしてはならず、厳しさも与えなければならないと、この匙加減は親としても悩むことですが、社員の若手同様に考えつつ、さらに少し厳しい試練を与えなければならないと思っています。
    スキルアップと京セラフィロソフィの勉強は親として、社長として強制します。

    平和堂・夏原さん
     人事評価と給与体系については長年悩んでおりますが、盛和塾、盛経塾で学ばせていただいて随分と固まってまいりました。
     このコロナ不況をきっかけに人材の抜擢と権限移譲を行い、自主独立した仕事ができる社員を育てたいと思っております。

    異常、今回も沢山の気づきがあり、いろいろなことについて考えをまとめる事もできました。
    ありがとうございました。

  9. 機関紙17号
    平成8年

    塾長講話
    そもそも何のために仕事をしているのか。という基本に何度も立ち戻らせてくれるのが、稲盛塾長の真骨頂だと常々思っています。
    他の経営者のテクニック論や展望も確かに素晴らしいことが多いですが、これまで原理原則に、経営者について語ってくれ、中小企業社を称え、奮い立たせられる方は稲盛塾長以外ほかに居られません。
    そして具体的に何をするのか。それがフィロソフィだと明言してくれています。
    おそらく第二電電についてはもっと多くのテクニック論が本当にはあったのだと思いますが、それを一つ一つ解説するようなことはされません。何故なのか。多種多様な企業が存在し、またこれから生まれる。その経営者に向けては、対処療法的な部分ではなく、極めてプリミティブな考え方が大切で、
    それがあれば、後は大丈夫、クリエイティブに作っていけばよい。だから経営12カ条なんだ!と塾長のメッセージが届いてきます。

    静岡塾の梶村塾生
    一代で電子部品メーカーを立ち上げるほどの気概がある方が盛和塾に入り、理念経営をなされることでさらにステップアップされるお手本のようです。頑張ります、努力しますを封印し、いつまでに、どれだけやるのか。と社員全員が置き換えられることで、未開の地に到達する。経営とはやはり、従業員を巻き込み、その力、良さを最大限に引き出し、夢を一緒に見て、連れて行くことなのだと再認識させていただきました。

    私も行動いたします。
    ありがとうございました。

  10. 第17回マラソン 宮畑和広

    塾長講話

    何度も読みましたが全くその通りで、少しでも近づいて血肉化出来るよう努力を続けます。

    塾長経営問答

    私としては小林氏、谷水氏の相談に対しての塾長のお答えの内容が似てると思いました。以前読んだ本に京都大学総長の山際氏が霊長類の研究から見えて来た事を語られた本が有りました。内容に、ニホンザルとゴリラの違いの話が有りました。その中にニホンザルの方が進化においては下等であります。ただ、群れの秩序の在り方がニホンザルの方がもの凄く合理的なのです。下等なはずなのに合理的。強いか弱いかしかない。仲間同士の争いは強い方が勝つと決まっているからお互い消耗するような無駄ないさかいをしないように出来ている。とてもシンプル。しかしゴリラは強そう、弱そうに関係なく、いさかいを起こす。ただし戦う直前の睨み合いの時に必ず群れの中から第三者が現れ仲裁に入る。両者は仕方なく戦わない体をとる。しかしそれで両者が傷付かずプライドも保たれる。一見、ニホンザルに比べ不合理でシンプルじゃなく、めんどくさそうな仕組みだけどこれがニホンザルより進化したかたちなんですね。それがさらに進化した結果として人間がいる。そして霊長類で最も数を増やす事が結果として出来た。
    成果ではっきりした待遇制度はわかりやすく矛盾も感じない。しかし社員の評価制度においては、その制度だけでは組織の長続き、さらなる発展にはやがて限界が訪れてしまう。やはり会社には一見、はっきりしたような仕組みだけでは長続き出来ないのだと感じました。

    以上  今回も有難うございました。

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