機関誌マラソン第8号 締切4/6

機関誌マラソン第8号 締切4/6

機関誌マラソン第8号

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  1. 機関誌 盛和塾 第8号 【 仲本 博昭 】

    塾長理念、『新しい時代を開く』新しいことを成し遂げていくには、何もないことが前提で、どうしてもこれをやり遂げたいという強烈な願望を抱き、成し遂げるためにはどうしたらよいのか、必要な人材、技術、資金、設備をどうするのか、ということをひたすら考えるのです。そうすれば、必ず夢は実現できると思っています。どうしてもやり遂げたいと思えば、そこに待ち構えている大変な苦労や困難に立ち向かう覚悟ができるのです。強烈な想いこそが新しい時代を開いていくのです。そう思える新しい事業を探し、掘り起こしてまいります。

    塾長講和、「利他こそ最高の行為」塾長が松風工業時代から、京セラが西ノ京原町から始まった経緯、また、その過程で『利他の心』が確かなものになっていかれたのがよく理解できました。また、『常に謙虚さを忘れずに自分を磨いてきたことによって、利他まで精神を高めることができたのだと思います』という文章から、改めて謙虚であることの大切さを教えていただきました。

    今でも、私が採用面接をさせていただいていて、この立場が逆転してもおかしくないなという思いから、採用したいと思う方、採用は無理だと思う方、どちらの方にも分け隔てなく接し、採用しない方にはなぜ採用しないのかを、できるだけ納得していただけるようにお話ししています。また、従業員のみなさんの顔と名前をフルネームで覚え、少しでも個別の声かけができるように努力しているのですが、最近は怪しくなってきてしまっています。

    塾長が創業二年目の、高卒入社社員の反乱を契機に、会社の目的を「全従業員の物心両面の幸せ」と定められました。一週間悩まれ、割に会わないと思っていたことが吹っ切れて、割が合わないと思わないできたこと、それ自体が修行になり、それを続けていくうちに利他まで昇華していったということです。
    そして、この利他という言葉を意識的に使われだしたのが、この機関誌を発行された10年前、この8号が発行されて25年経ちますから、約35年前からということになります。私が今58歳ですから23歳の時には、「利他」「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉を塾長は意識して使われていたのです。
    その頃の私は社会人一年目、仕事は人一倍一生懸命していましたが、それ以外は車とバイク、冬は雪山でスキー、夏は海で遊ぶことしか考えていませんでした。お恥ずかしい限りです。

    その後、30代の始めごろにフェリシモさんの仕事をさせていただくようになりました。その間に現名誉会長のお父様がお亡くなりになり、社葬に参列させていただいた数日後、この機関誌29号から35号『京セラフィロソフィの真髄を始めてひもとく』が送られてきたのです。私はこのことにひどく感動したことを今も忘れられません。その後、この機関誌を何度も読み返し、当時まとめたものを今でも大切に持ち続けています。

    株式会社指宿ロイヤルホテルの有村社長様のお話しでは、夢を持つことの大切さ、人は生かされている、人間の根幹に関わるのは心、心を取り戻せる場所づくり、善なる想いは不滅に生き続ける、という言葉が私の心に残りました。そして、その有村さんと去年の鹿児島合宿で直にお話しをさせていただき、著書まで頂戴いたしました。有村さんの印象は、武道を究められたうえに茶道や華道を究められたような、上品で真の強さを感じられる方でした。

    ㈱ユーハイム川本社長様の教育に対する考え方がすばらしいですね。社員の方が何かを学びたいというような動機づくり、環境づくりから手がけられました。工業思想の教育と農業思想の教育、『可愛くば、二つ叱って、三つ褒め、五つ教えて、よき人にせよ』、教える側の性格が陽性か陰性かによっての指導の仕方、教育(教え育てる)ではなく引き出す、成人式教育、経営の座標軸、十人十色の自己実現、心の偏差値、大変勉強になりました。

    谷プラザ・ホテルの谷社長様の発想力、行動力、決断力、実行力、そのすべてに脱帽です。

    中央監査法人の宮村社長様のお話から、塾長の素晴らしさが客観的に表現されていて、改めて塾長の凄さを感じました。塾長の素直さがすべての根幹にあり、心の座標軸(魂の座標軸・霊を含めた宇宙の真理)がすべての行動基準になっているから、どんなに成功されても、有名になろうともそのスタンスは一切変わることがないということがよく理解できました。

    相生の思想と自己の再構築では、個の時代から仁の時代へ、暴力・武力・軍事力から経済力・文化力へ、相克の時代から相生の時代へ、戦勝国のソ連の兵士が敗戦国のドイツに憧れる、知識革命は現在世代から将来世代のためにするべき、それが最小限度の責任、傲慢な知識から謙遜な知識へと組み替える、懐かしい時代を思い出しましたが、歴史を学べば先を読む力を育てることができる、を改めて感じました。

    不易流行、「不易」は「流行」の中にあり「流行」が「不易」を生み出す、この「不易流行」によって学問や文化が発展し、人間も「不易」と「流行」の狭間で成長していくのだと、つくづく思わされました。

    【8号完】
    フルマラソンにたとえるとまだ2kmを少し過ぎた地点ぐらいでしょうか。まだ、最初の給水所までは届いていませんが、みんなで励まし合いながら完走を目指してまいりましょう!!

  2. アフターコロナではなく、「ウイズコロナ」でこの先しばらくは経営を回して行かねばならないというこの状況。
    おそらく農業と農業関連業界は(他産業と比べ)外部環境の影響を受けにくいと感じておりますが、
    それでも仕入と販売の2点に関し、「悲観的な想定に基づく」計画を早急に立て、それに基づいた日々のオペレーションを回さなければならないと考えております。

    さて、今回の座談会は、これまで私が抱いた経験のある「稲盛哲学」に対する葛藤を、昔の塾生の方々が同じ様に、またはそれ以上に「葛藤」されてきたことを赤裸々に表明しておられ、それを塾長がダイレクトにお応えになられています。入塾して発展途上にある経営者が今の自身が体感している温度を言葉にし、鬼気迫る熱い回答を塾長が返しておられます。素晴らしい経営問答であると同時に、これを教材として目にすることのできる有難さを感じます。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    「利他になったら必ず損はしない。必ずそうなるようになっとるんです。これはもう見事に宇宙ってのはそうなってます。心配無用なんですよ。徹底して利他で行ったら、自分も潤うようになっとるんです。」
    「利他の心というモノは大いなる自己満足で、利己の心の現れだという、そういう考え方を持つ方がいる・・・。よくそういう風にいう人もおられますが、それは人をまどわす言葉だ。利他は利他でもっと純粋なもの。だから大いなる利己の表現ではない。」

    この言葉を聞くと、他の経営論には脇目も振らずに稲盛哲学だけを愚直に学んでいれば良い事を確認でき、迷わずにいることが出来ます。いろいろな経営思想が時に脚光を浴び、現在のトレンドを情報として知っておくことは経営者としては必要ではありますが、経営哲学の基盤となるものはしっかりしたものが一つあれば良い。「利他」は自らの利をおざなりにする考え方であり、私のような未熟者にとっては時に迷いが生じる事もありますが、ここまで簡潔にキッパリと「必ず損しない。そうなるようになっとる。心配無用だ。」と言われますと、「徹底して」利他で行こう、これを経営哲学の基盤としようという気になれます。勇気が持てます。

    宮宗塾生の「利他との葛藤」
    「業績悪化の中で勝算が見えない状況での人員整理。父が合理化、私は反対。貴方みたいにまじめな良い人に利他利他と言ったら、それはとんでもない利他になってしまう。あかんわ。勘違いしてる。そんなんと違う。」

    JAL再生の時も多くの人員整理が伴い、塾長はそこからV字回復を実現されました。いざ抜き差しならない状況に直面した際に、大勢を守るために一部を犠牲にする決断をする勇気、泣いて馬謖を斬る勇気を説いておられます。普段から優しい人間性を持つ塾長でさえも、こうした非常時にはキッパリと経営判断としての「厳格さ」を示されます。「利他」との葛藤については塾生が様々な緊迫した場面で悩むことかも知れませんが、「はき違え」によって判断を誤ることだけは決してしてはなりません。そもそもは、そういった逼迫状況に至らしめないように平時から教育や理念を浸透させ、経営状態に目を見張らせておくことが最重要なのは言うまでもないことです。

    「経営の指針は私の言っている事の引き写しなので、変えないといかんと思われているのですか?それは変える必要はないんですよ。これが全部理解できればいいんですよ。貴方がこのレベルまで来なければいかんわけ。」

    これもここまで塾長にハッキリと言われると、塾長の残された文言の一字一句でさえも「曲解」してはならない。自分なりに解釈することは「曲解」であるかも知れないと知りました。フィロソフィや12か条も、一字一句を軽視して<安易に>アレンジ出来てしまうと言う事は、「このレベル」にまで到達できていないという理解を知ることが出来ました。

    ユーハイム河本塾生
    「教育というのはトップマネジメントの仕事。指導者はトップでなければなりません。私は全部自分で教材も作っています。」
    「馬鹿な指導者というのは、あれもこれもいっぱい言って、怒らせるか、混乱させてしまう。」

    私自身がこれから経営者として注力しなければならないのが「社員教育」であると認識しておりますので、河本塾生や他の先輩塾生のように教材や勉強会や社内昇格試験などをみずから考案し、構築されている方々のお話は刺激になります。企業は人だとか、人材は人財という言葉は溢れていますが、いざ育てる事についてはこれまでの私自身、「他人任せ」であり、「顧客との実戦任せ」でありました。しかし、社員をもっと幸せにし、立派な企業にしていくために、経営者が手間暇と熱意の大半を費やして行くべきは「教育」であると考えております。
    「あれもこれもいっぱい言って、社員を混乱させているなぁ・・・」これも自覚があります。馬鹿な指導者であります。

  3. 機関紙マラソン8
    株式会社サキカワ 久保貴啓

    ●塾長理念 新しい時代を開く
    ただひたすら考える。
    強烈な思いこそが、新しい時代を開く!
    なんとしてもやり遂げたい思い、しっかりと胸に焼きつくほど持ちたい。
    今、僕の中にもそのような思いが5年がかりでやっと前に進めた思いがあります。それは過去60年我が社になかった考えです。不安ばかりで一進一退ですが、この言葉の通り、強烈な思いを自分自身に宿し、成し遂げたいと思う。

    ●フィロソフィ座談会 
    利他の経営の真髄とは
    宮宗塾生の話の人員整理への考え方の問題での、塾長のお返事が興味を引きました。まじめなひとに利他利他と言ったら、とんでもない利他になる…。
    利他を勘違いして、優しさや思いを貫くとかえってとんでもない状況に追い込まれることを、瞬時に見抜き、質疑応答の中で、それてばダメだと言い放たれた塾長の厳しさと優しさが、自分には心に残った。

    ●塾長講和 利他の経営を問い直す
    利他は最初からあったものではなく、常に謙虚さを忘れずに自分を磨いてきたことによって精神が高まった心境が、利他こそ最高の行為である。
    利他が最高の頂点とは、誰にだって理解できるが、到達するのは難しい、が、出来なくとも、利己の抑制にはなる。知っているのと知らないのとでは、違う。
    利他を勘違いしたり、ただの綺麗事と言われる従業員が居ます。どう伝えていいのか?どう理解させたらいいのか?なぜ伝わらないのか?とよく考えますが、あれこれ力説するよりも、伝えるだけで、耳に入れるだけで、少なからず抑制になり、それを繰り返し伝え続ける中でその人の中で成長して、その域にいつか行くかもしれない。
    強制したり、無理に解ったフリさせるよりは、自ずから学べるよう、いつのまにかその言葉が頭に浮かぶように、解き続けることの方が大事なのだと理解しました。
    また、僕自身、まだ利他という言葉を知っただけにすぎす、もっと精進して、従業員のためにという言葉を本道にしないと、いけないとも思えました。

    ●指宿ロイヤルホテル 有村佳子塾生
    読んでいて涙が止まりませんでした。そして、自分が恥ずかしくなりました。
    初めのページで誓った強烈な思いというものを有村さんと比べるとなんと軽いものであるのか?ということです。
    有村さんと同じ立場になったら?と思うとわかりませんが、今の僕ならば、同じようになってもダメだと思います。テレビの中の話では無く現実に体験された同じ人として、経営者とかの前に私は、こうなりたい、こうしたいという目標や思いというものをしっかりとまず持ちたい。方法や手段状況は、人それぞれぞれだと思うが、どんな時でもどんな人でもまず思って、考えてやるかやらないか?だと有村さんの体験で教えられたと思う。お父様の今決めなさいという言葉は、とても私の胸にも刺さり、お父様の立場で考えると辛かったと思いますが、有村さんには素敵なお父様と旦那様が有村さんの心に素敵なものを残されたのだと思いました。
    わたしにも色々あった人生ですが、まだまだ甘い人生で、もっともっと覚悟や考え方を研ぎ澄ます必要があるなぁと反省です…。

  4. 機関誌「盛和塾」8号

    <塾長理念・新しい時代を開く>
    「何としてもやり遂げてみたい」強烈な思いこそが、新しい時代を開いていく。
    全てが思いの強さから始まるということかと思いますが、まだまだ思いが弱いです。しかしあきらめません。

    <フィロソフィー座談会・利他の経営の真髄とは>
    「利己の場合はどうしても、一部の人しか共感・共鳴しないが、利他が加わってくると普遍性を帯び、共感させる。」
    「そういう意味では経営をする以上、どうしても利他の経営であらねばならない。あらねばならなんというのは、そうなれば経営は成功するということである。」
    「徹底して利他で行ったら、自分も潤うようになっている。」
    まさに利他の経営の真髄とはこのことだと思いました。
    「だから甘いんだ」
    「本体を救うためになんとしてもみなさんに辞めてもらわなきゃいかん、と血を吐くような、忍びがたきを忍んでというのを、本当はやらなきゃいかん。」
    「それをかわいそうやかわいそうやと言うだけではね。その時泣いて馬謖を斬る勇気がいります。」
    「もう1回やり直しや」
    「もっと簡単や、経営ってのは。部門別決算でぴしっとやればいい。」
    「あなたみたいなまじめないい人に、利他利他と言ったら、それはとんでもない利他になってしまう。」
    「あかんわ」
    「勘違いしてる。そんなんと違う。」
    「高い次元で言ったら、なお駄目になる。叱り飛ばすんです。」
    激しい言葉の中に、塾長の優しさと厳しさの凄みを感じることができました。利他の経営とは、そんな甘っちょろいもんと違う。勘違いするなと本当に叱り飛ばされた気分です。ありがとうございます。
    また、この時「部門別決算でぴしっとやればいい」という言葉が出てきたところに、違う部分での経営の真髄のヒントを頂いた気がします。
    「私は創業者だから利他ができるが、家業はとことん家業でいい。」
    「親父から引き継いだ家業を駄目にするわけにはいかないと公言する。この辺が核心である。」
    「それを間違えて下手に利他、利他と言うからおかしくなる。」
    まさに核心かと思います。ともすれば「利他」という言葉は優しさの方に引き込まれやすいですが、同時にとてつもなく厳しさが要求されるということを今回の機関誌8号を通じて痛感させていただきました。

    <われ虚心に経営を語る>
    指宿ロイヤルホテル有村社長
    この方のご主人と、有村社長自身の生き様には本当に感動いたしました。
    ご主人が17年の闘病生活後に三つの夢があると語られ、それを亡くなった直後に実現されたこと。
    後を継いだ有村社長が、従業員とともに、どん底からはい上がられたこと。
    特に、全従業員の前で「危機に立たされている。しかし自分一人では戦えないと」と状況と気持ちを正直に打ち明け、従業員が「自分たちはどんなことでもする。社長、ぜひ頑張ってください」と言ってくれたこと。さらに「私達は勝ち残ったが、私の言うことを聞いてもらわないと経営ができない」と、そこから懸案の合理化を始め、従業員が信任してくれたことなどは、有村社長とそのご主人の従業員に対する思いの誠実さ、正しさが結実したのだなと思いました。
    「人間の根幹にかかわるのは、やはり心です。」
    心を高めるのがやはり基本のようです。引き続き努力していきます。

    <あの日あの時稲盛和夫氏>
    お話を伺って、塾長の能力的な面での桁違いのところは、「システム思考ができること」、「ものすごく深く掘り下げてものごとを考えられること」、「本質をつかまれること」にあったのではないかと感じました。
    とうてい真似はできませんが、掘り下げて考え、本質をつかむ訓練を意識してしていきたいと思います。
    また、塾長の話は「事実だけを余計な味付けをせずに話されている」ということ、「その言葉の意味を素直に受けとめて、自分自身のものにする努力を続けていくことが塾生として大切」という話を心に刻んで、今後の勉強に活かしていきたいと思います。
    今回もありがとうございました。

  5. フィロソフィー座談会
    塾長がお怒りになられた宮宗氏の発言は私に通ずるところがあるなぁと感じます。
    三代目は会社を潰すという言葉があるように私は苦労を知らない。
    甘甘ちゃんと言われても否定が出来ないなと感じます。実際私は優しすぎると思うし社長にも懸念されている。宮宗氏と同じ立場になった時人員整理をするか、否か。
    塾長がおっしゃる通り、結果的に従業員全員を路頭に迷わせることになれば本末転倒である。利他という言葉を勘違いせず正しく理解するよう学びを深めなければならない。
    一見、利他という言葉だけを理解すると簡単であるがその意味にはもっと深い今があるのだと今回気づくことができてよかった。従業員のために必死に働く利己を排除して利他の心で働くことこそ塾長の言われる利他であると思っていたが突き放し自律を求め従業員も利他の精神で社会、会社にしてあげる、しよう!と思って貰える風土造りを心がけたい。

    経営発表
    指宿ロイヤルホテル 有村社長の発表は非常に勇気づけられる内容であった。
    ご主人を亡くされるという強烈な経験をされておるがご主人の夢はたまたその夢をご自身の夢として実現するために強烈な願望を抱かれたその結果従業員が辞めずに共に頑張ってくれたのだと思う。女性社長の発表は今回初めて読んだように思うが
    人一倍思いが強く感じた。強烈な願望を抱く
    その言葉を再度思い出させてくれた回でした。

  6. [盛和塾]8 フィロソフィ座談会 利他の経営の真髄とは

    稲盛和夫さんの書物の中には利他の心の大切さがよく出てきます。

    ところで、稲盛和夫さんは「利他」という言葉を何時ごろからよく使われるようになったのでしょうか。

    『第二電電を作って「動機善なりや、私心なかりしか」と言い始めるころからです。』と、述べられています。

    どうやら昭和60年ごろから「利他」ということを意識的に言われるようになったようです。

    稲盛和夫さんは京都セラミックの創業時、ほとんどお金の持ち合わせはありませんでした。

    青山政次さん(明治35年生まれ。後に京都セラミックの2代目社長。稲盛さんが就職された松風工業での上司)の

    京都大学工学部電気工学科の同級生である西枝一江さんが自宅を担保に1000万円お資金を融通してくださるといった具合で、むしろ、稲盛さんは大変な支援を受けておられる。

    青山政次さんという稲盛和夫さんの実力を見出した人と、

    そこに自分の利害を超えて支援された西枝一江さんという徳を備えた人との出逢いがあった。

    そんな中で、稲盛さんは

    「原町一、西の京一、中京区一、日本一、世界一」を目指して、誰にも負けない努力をされる。

    ある意味、野心家であったとも言えるでしょう。

    最初から利他の心と言っておられたのでなく、

    むしろ必死の努力と成果を踏まえ、

    利他の心というところに行き着かれたといっていいでしょう。

    中途半端な努力しかせずに、

    利他の心と言っているだけでは、

    ただの人のいい社長に終わってしまう可能性のあることも心すべきところと思われます。

      R2.4.5  福岡 英一

  7. 機関誌 盛和塾 第8号 【 岸 克行 】
    ・フィロソフィ座談会「利他の経営の真髄とは」
    宮宗塾生「利他との葛藤、そして結果としての勘違い」
    「業績悪化の中で勝算が見えない状況での人員整理。父が合理化、私は反対。結果的に父の意見が通った。」合理化・人員整理をせずにいける勝算もなく、合理化反対をしていた宮宗塾生に対して、思いだけで判断していたことの甘さを叱りながら、塾長は以下のようにご指摘されています。
    「もう一回やり直しや。私が会社に行ってあげる。いや、もっと簡単や、経営というものは部門別決算でぴしゃっとやればいいんですよ。
    あなたみたいにまじめな良い人に利他利他と言ったら、それはとんでもない利他になってしまう。あかんわ。勘違いしてる。そんなんと違う。」
    とんでもない利他とは何だろう。責任ある経営者としての自覚を持たず、人に良く思われたいがためだけの行為ということでしょう。あなたみたいな真面目な良い人にというのは、甘い経営者に対してということです。甘い経営者というのは、具体的な目標を立て、強烈な願望を心に抱き、誰にも負けない努力もしていない経営者のことを指します。
    まさしく自分人のことです。
    なんとなく盛和塾に参画していると、良い経営者に思われる。私にこのような気持ちがないといえば嘘になります。このままだらだらと勉強だけをしていても、これは全く学んだことにはならない。「あかんわ。勘違いしている。」という塾長の指摘は、折に触れ自分自身への警鐘としてこれからも心の中で反芻いたします。
    以上

  8. 機関誌駅伝「盛和塾8号」2020.4.6締切

    利他の経営の真髄とは・座談会
    今まで私は「利他の経営」と「大義名分」を塾長に教えていただいてから、「従業員のために会社はあるのだ。」、「従業員の物心両面の幸福を追求するのが会社だ」とそう思うようにする努力をして参りました。
    それを社内でも至らんけれどもと前置きしながら公言しておりました。
    しかし、「君たちのためにこちらはこれほど思っているのに、ここまで考えておるのになんでこんなことを言われてしまうのだろうか。」とか「何故わかってくれないのだろうか?、なぜ君たちはもっと一生懸命努力しないのだろうか?」と従業員に対して疑問に思うことが多々ございました。
    今もまだ葛藤していて、私は塾長のように割りに合わないことを一週間で吹っ切れることなんて無理です。
    少し冷静に考えてみますと、このような心境を行ったり来たりしていたのも「ある意味致し方ないのではないか」と思いました。
    こちらが「塾長に習った通り、そのように思わなければならない」と頭で理解して形を整えているものですから、心から「こいつは好きや、ええ子やな、こいつの為にいっちょ頑張ったろうやないか」、と思う人ばかりではありませんでした。
    しかし、素行好き嫌いで追求しても本当のりたの精神になれる筈がないので、頭で考えて形を作って教わった言葉を操っていたわけです。

    私は長年営業の仕事を中心にやってきましたから、まずは商品を好きになってお客さんに売り込んでいくということが身に付いております。
    従いまして、社員に対しても「ほんとに大事だなこいついいやつだなぁ」と思う人間はいくらでも大事にしてやりたくなります。
    これは本当の利他ではないことに気づきました。
    見返りを求めているレベルです。
    斜に構え理屈を言う人、利己の塊、権利主義が強い人はどちらかと言えば大嫌いですから、社長はどこまで我々のことを大事に考えているのだろうかと腹を見られると、未だ思いは弱いと私自身でも自信がありません。
    ですが私の「真我」の部分は見返りを求めない点もしっかりある。
    嫌いなタイプでも「こういう面はいいところだな、彼は彼なりに頑張っているんだ」と思い、優しく出来る時も多々ある。

    塾長に教えていただいてから10年、思い返しますと、こうして揺れ動きながら3歩進んで2歩下がるような牛歩のような歩みでした。
    そうしてようやく、心を心から大事だと思える社員が何人か出来たので、今年から経営理念には「社員の物心両面の幸福の追求」というあの言葉を入れることが出来ました。
    これには先にも書きましたが私自身入塾以来10年かかりました。
    長年悩んで出せた理念ではありますが、どこまでも命がけでいかなる時も従業員を守っていけるのか確たる自信はありませんが、塾長講話で出て参りますが、人として到達しなければならない頂は知っています。
    本物の利他が出来るかどうかも大事ですが、私自身の利己を抑止する力にはなっております。
    そこまで塾長は見切って塾生に教えてくださっていたんだと感心します。

    次の塾長講話でも出て来ますが、経営者である私から滲み出るような利他の精神しか、社員には響かないのだと思いますので、答えは私自身が本物になるしか道はありません。
    これまでの私は塾長のような方に比べて思いがまだ弱く、時に揺れ動いています。しかも頭でっかちですので、自分にも社員にも甘かったと思います。
    そういう意味でもユニオン商事の宮宗社長への塾長の厳しいアドバイスは、本物の利他の精神と経営者の判断すべき厳しさのレベルを垣間見た気がします。
    泣いて馬謖を斬るような厳しい判断をしなくてもいいような経営をすることがまずは大事だと思いました。

    また非常に興味深かったのは、塾長が2代目には私の真似をするなとおっしゃっていることです。
    「親父から引き継いだ家業をダメにするわけにはいかんのだ」と公言し、「この家業を守らないといかん、一緒に守ってくれ。そうすればその分お返しをしよう」と従業員に明言するべきだと。
    当社も少しずつ後継者を準備しておりますが、塾長が「家業はとことん家業で良い」、「それを間違えて下手に利他、利他というからおかしくなる」といわれております。
    この辺りが今回の核心であると。
    確かに本能に根ざした利己的な考えと行いがあり、そこから利他的な考えと行いに進化することもあります。
    また、一方で人間の魂が本来持っている真我の部分、ピュアな利他の精神と言うものがあると繋がっていく。
    成長過程には矛盾もあれば、行ったり来たりもあると思いますし、もがき苦しみながらも進んでいく姿でいいのではないかと思えました。

    それから指宿ロイヤルホテルの有村さんのご発表ですが、昨年盛和塾大和で訪問させていただいたのが思い出されます。
    体の弱いご主人の夢を亡くなってからも叶えていかれ、そして塾長に叱咤激励されて立派なホテルを作り上げ、尚且つ指宿のために尽くされた偉業は感嘆します。
    強い信念、塾長から教えられた経営哲学を素直に実践される強さにも感動しました。

    今回も有難うございました。

  9. 第8巻 平成6年
    塾長講和 
    利他の行為が最高という言葉に到達するために、稲盛元塾長と西枝さん他との人と人との関わりや影響をもとに、作りあげられてきたことがわかりました。
    そして言葉だけでなく、日常の行動がないと誰も聞き入れてくれない。行動を起こすにはフィロソフィが必要で、そのフィロソフィは自分だけでなく、ひと様の幸せのために向けられているものでなければならない。謙虚に愚直に愛情をもって行動を起こす。
    そういった経営の根幹にかかわるメッセージを受け取りました。

    われ虚心に経営を語る
    ユーハイムの河本 武塾生のなかで、意欲五原則を紹介していただきました。
    引用しますと①公平に扱う②目標を与える③情報を流す④参画させる⑤本人の意思を尊重するとあります。上司が従業員に接する際の心得であり、教育指導方針ですが、とてもよくまとまっておりかつプリミティブなものです。上に立つものの引っ張り続ける責務と覚悟だと捉えました。

    共鳴と波紋
    テーマは6号の壁を突破するをテーマに深堀をされていました。粘り腰という一言だけでなく、粘り腰を具体的にいうとどうなのか。気持ちの部分に大きく左右されるがゆえに、気に対する意識については全塾生の想いは相当なものだと伝わってきましたし、私も逃げずに立ち向かい続けた人生にしたいと思いなおしました。

  10. 投稿が遅くなりまして申し訳ありません。前もって原稿を作成しておりましたが、世の中の情勢を鑑み、少し内容を変えました。コロナウイルスの影響で、多くの企業が経済的損失を受けており、今後、ますます損失は拡大していくものと推測されます。しかし、塾長がおっしゃるように、こういう時にこそ、新しい時代を開く才覚を持つ人が現れるのだなと感じています。こういう天災のような事象が起こった際に、多くの企業は経済的損失を何らかの形で受けます。その損失を損失で終わらせて、時間が経ったときに「こんなこともあったよね。」と済ますのか、こういう時だからこそ、再度、同様のことが起こった際に、今回のコロナ騒動を基盤として新たなものを作り上げるのか?そこには考え方次第で大きな差が生まれます。現在、コロナウイルスに対する対処法はまだありません。その中で、何もないから対策できない、治療できないと考えていては、新しいことなどできるわけがありません。
    ニュースにもなっておりますが、富士フイルム社が1年掛けてワクチン開発に乗り出したと発表されました。現段階では、どうやって造るのか?世の中で誰も知らない未知の領域の話であり、まさしく雲を掴むような話です。しかし、塾長がおっしゃるように、スタート時には何もない、ということが前提です。世の中の人のために、どうしてもやり遂げるという強烈な願望を抱き、成し遂げるためにはどうしたらよいのか、必要な人材、技術、資金、設備をどう調達するのか、ということを社員全員が考えられて構想し、ある程度の形になったからこそ、発表されたのだと感じました。

    もちろん未知の領域の世界なので、その過程には、大変な苦労や困難が訪れるはずです。『勝算』も低い中での挑戦だと思います。しかし、世界中の人のために、という富士フイルム社の強烈な思いこそが、本当にコロナウイルスの治療という未知の新しい時代を開いていくのだろうなと今号の塾長理念を読んで感じました。

    塾長講話では、利他の経営についての講話でしたが、やはり塾長も時間を掛けて利他の経営にたどり着かれたことを知り、現在の自分の未熟さは当然なのだな、と少し安心できました。塾長がおっしゃる利他の経営を推進する中で、自分の中では常に足りない、という想いがあり、社員の方々(特に幹部社員)には、押し付ける部分もあったと反省することもあります。そうではなくて、時間を掛けて熟成していくものなんだなと改めて知りました。
    それと、やはり塾長の創業からのお話を拝見すると、人を惚れさせる能力に長けた人だったのだということがビシビシと伝わって参ります。私自身に「大変立派な考え方を持っている。あなたに惚れたから出してあげる」という方が何人いらっしゃるのだろうか?と自問自答する良い機会になりました。
    また、松風時代に、部下の人たちに人生論を語っておられたときのお話は、それはごく自然始まったことだとおっしゃっています。反面教師として、松風時代のことを語っておられます。簡単におっしゃいますが、普段の業務において常に改善意識を持っておられた、自分ならこうするのにな、という創意工夫の精神を持っておられたことが伝わります。しかし、それは利他ではなく正義感からくるものだとおっしゃっています。私は、30歳そこそこの人が正義感でそんなことを言えるのかな?と思いました。きっと塾長は生まれながらにして、何事に対しても真剣に取り組まれる性分だったのだと思います。この部分を一読し、きっと塾長なら、セラミックの世界以外でも、成功されていたんだろうな、と感じました。その他にも、地元に対する貢献に対しても、利他まで到達していない、感謝のレベルともおっしゃっています。そう思えるのが逆にすごいなと感じました。人のために何かをする、それこそが利他の精神である、と思っていたので、感謝の心と利他の精神のレベルの差を自分自身で良く見つけないと、間違った方向に進んでしまうのだろうなと改めて反省させられました。
    そういう感謝の心、利他の精神、正義感といったものは、鹿児島のご両親に植え付けられた『生命の実相』であるとおっしゃっています。つまり、長年掛けて積み上げられらもので、環境が大きく関与するということだと感じました。会社でもそうですが、やはり社員教育は、環境と時間が掛け合わさってこそ達成されるものだと思います。その会社の空気感、部門内の先輩の接し方、会社の規律とそれをどう捕らえるかという社員風土、そういった環境が揃ってこそ、時間をかけて社員教育が出来るのだと思います。それをすることこそが、経営者の強い意志なのだと思っています。今回の塾長のお話を拝読し、やはり環境の大切さが大きな部分を占めるのだと改めて感じました

  11. 第8回マラソン 宮畑和広
     
    すみません今回は期限を守れませんでした。仲本相談役をはじめこのマラソンの為に無償でご尽力頂いてる方や参加者の方々に深くお詫び申し上げます。
     
    塾長理念
     
    やはり「思わなければならない」「思いこそが」大事である。私はその強烈な思いは自分自身の生い立ちや性格が多くを占めていて普通の家庭、サラリーマン教育ではほとんど生まれてこないと思っております。普通のサラリーマンの思いは普通にたいした苦労もせず、大過なく普通に生きれればそれでいいと。実際その通り大半のサラリーマンたちはそのように人生を終えていきます。それはサラリーマンたちの思いがそのまま人生に現れただけで、それはそれで思い通りの人生なのだと思います。しかし経営者はそういう訳にはいかない。だけどそうは言われても普通に何不自由なく生きてきた2代目3代目に初めからそんな思いなどある方は半分くらいしかいらっしゃらないのではと思います。その為、その思いを自分の中に持つ為に膨大な教育と実戦の中の一番厳しい所で長期間、生死を彷徨うような中で実才を磨く。それにより自分がなにが何でもやらないといけないと言う「思い」が生まれてくるのではと思います。それとその仕事を好きにならないとやはり思いは伝わらないし、続かない。早く好きになれるように広い視野で自分の仕事の面白いところを見つけないと行けないと思います。
    以上 ありがとうございました。

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