機関誌89号 締め切りは11/8

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埇田弘之
埇田弘之
2021年10月18日 4:17 PM

機関誌「盛和塾」89号
 
<塾長理念・道を誤らぬための羅針盤を持つ>
世間には高い能力を持ちながら、心が伴わないために道を誤る人が少なくありません」「才覚が人並み外れたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが、理念や思想であり、また哲学なのです」「性格という先天性のものに哲学という後天性のものを付け加えていくことにより、私たちの性格は陶冶されていくわけです。哲学という根っこをしっかりと張らなければ、人格という木の幹を太く、まっすぐに成長させることはできないのです
残念ながら私は人並み外れた才覚は持ち合わせていませんので、世の中に対して悪い影響をそこまで与えることはないと思いますが、それでも自己中心の考え方をもったり、道を誤ったりはしたくありません。未熟な性格を哲学により陶冶し、人格という木の幹を太く、まっすぐに成長させたいと願います。
 
<塾長講和・人類を導く新しい哲学の構築、人格と才覚>
私自身は、現在の人類がつくりあげた近代科学文明は、そう長くは続かないのではないかと危惧しています。おそらく21世紀中に滅びるのではなかろうかというほどの危機感さえ持っています」「未来の人類の生存ということを考えた場合、我々は今、人類を導いていく新しい哲学、新しい倫理を見出さなければならないのです
まさに今衆議院選挙が行われ、新しい国のリーダーが選ばれようとしていますが、世情を見る限り塾長の危惧が共有できます。どう考えてもおかしいという考えが蔓延り、むしろそちらの方が世の主流であるかのような感覚を受けます。ただ、決してそうではなく、世の中には素晴らしい倫理観を持たれた方が多数おられ、私もその一員になるべく努力しなければならないとあらためて強く思いました。
人並み外れた才覚の持ち主であればあるほど、それらの力をコントロールするものが必要となるのです。私はそれが“人格”であり、この“人格”を高めるためには、哲学や宗教などを通じて、人間としての正しい生き方を繰り返し学ばなければならないと考えています」「“人格”とは、人間が生まれながらに持っている先天的な性格が、その後人生を歩む過程で後天的に築き上げられるものだと思っています
本来今こそ宗教の出番かと思いますが、拒絶反応も強く現状それは難しいと思います。しかし、宗教的なものの見方、考え方は必ず必要であり、それが塾長の言われる“新しい倫理”なのだと感じます。
多くの社員を雇用し、社会的な責任も大きな経営者には、率先垂範して、自らの人格を高め、それを維持しようと努力することが不可欠です」「人格を磨き、人格を維持しようと思えば、自分の心の手入れを怠ってはなりません。常に学び、常にそれを身につける努力を続けていなければ、それは人格にまで高まってはこないのです」「絶え間なく努力を重ねていくことで、はじめて自分が元々持っていた性格の歪みや欠点を修正し、新しい人格、いうならば“第二の人格”をつくり上げることができるはずです
そしてリーダーこそが、それを繰り返し学ぶことにより、第二の人格をつくり上げていかなければならないのだということです。
現在、企業統治の危機を回避するために、高度な管理システムの構築が急務だと叫ばれています。しかし私は、単純でプリミティブな教えを、まずは企業リーダーである経営者や幹部が徹底して守り、また社員に守らせることのほうがはるかに有効だと考えています」「リーダーが率先して人格の向上に努める、そしてその高潔な人格を維持するために、不断の努力を続ける。そのようなことは一見迂遠に思えるものですが、リーダーを、また企業を転落から未然に防ぐ最善の方法であると私は信じています
リーダーが率先して第二の人格をつくり上げ、維持するために不断の努力を行っていく。それこそが一見迂遠なように見えるが、高度な管理システムの構築などよりもはるかに企業を転落から守る最善の方法であると塾長は言われています。
福沢諭吉は次のように理想の経済人の姿を語りました。ビジネス社会におけるリーダーとは、哲学者が持つような高邁な思想、武士が持つような清廉潔白な心根、能吏が持つような小賢しいくらいの才覚を持ち、さらに朝は朝星、夕は夕星を見るまで労働に勤しむ農民のような、誰にも負けない努力を重ねる人物である。これらを揃えて、はじめて実業社会の大人となるのです。この言葉はリーダーに必要な要件を端的に表現しているのではないかと思います
塾長は、このような人間になりたいと若い頃から思われていたということです。私も今からでも“哲学者が持つような高邁な思想、武士が持つような清廉潔白な心根、能吏が持つような小賢しいくらいの才覚、農民のような誰にも負けない努力を重ねる人物”になるように努力していきます。
仏教では物事の本質、人間の本質について、“山川草木悉皆成仏”という表現をします。自然界にあるもののすべては仏が化身したものである。つまり、自然界にあるもののすべての本質は仏なのだと考えます。この場合の仏とは、仏陀のことではありません。“宇宙の本質”という意味です。宇宙の本質が姿形を変え、この現象界に様々な現象をあらわしている。宇宙の根源なるものが姿形を変えて、そこに存在している。これを“仏”だというふうに、私は解釈しています
自然界にあるもののすべての本質は“宇宙の本質”と同じだということ。“宇宙の本質”が姿形を変え、この現象界に様々な現象をあらわしているのだということです。
人間はみな、本質的には存在としかいいようのないもので成り立っているはずです。秀才も凡才もみんなが平等に、宇宙の本質である“存在としかいようのないもの”から成り立っているのであり、その能力、その容姿、すべてのものは偶然自分に備わっていたのです」「決して驕ってはなりません。常に謙虚でなければならないはずです
そして“宇宙の本質”とは“存在としかいようのないもの”であるということです。田坂広志先生の言葉で言うと“大いなる何か”です。能力や容姿などは偶然自分に備わっていたのに過ぎないのであって、決して驕ってはならない、常に謙虚でなければならないということです。
実業社会を生きていくにはもちろん才覚が要ります。しかし、才覚を使うのは人間であり、その人の人格なのです
技術開発力やマーケティング力、製造技術といった才覚は当然必要だが、あくまでも才覚はしもべであり、それを使いこなすのは人間であり、その人の人格なのだということが結論です。主客転倒してはならない、使ってはならないところでは才覚を制御しなければならないのだということです。
 
<塾長夜話・今こそ必要な経営者の文明観と倫理観>
世のため人のために尽くすことが人間としての第一義であり、自分や自分の会社のために尽くすことは二次的なことであることを知っていれば、そういう方向で才覚を使っていくことができるのです
塾長講話の続きです。結局世のため人のために尽くすこと、利他が最も大切なのだということ。利他の精神で才覚を使いなさいということです。
何より、会社経営をしていくにはただひとつ、人の心というものが大事なのです。いかに心がまとまるかです。私はそれに生涯をかけてきたと言ってもよいくらいです」「高い報酬をもらいたいから偉くなりたいというのは不純だと思います。人の面倒をみてあげて、みんなが喜んでくれる。そこから得られる快感は、決してモノや金にかえられるものではありません。みんなから信頼され、尊敬されながら、みんなを導いていくリーダーはすばらしいものだと思います
経営の真髄は、“人の面倒をみてあげて、みんなが喜んでくれるという快感”なのである。決してモノや金ではないということ。みんなから信頼され、尊敬されながら、みんなを導いていくことこそがすばらしいものだということが結論です。
 
<心の研究・愛があるなら叱りなさい・井村雅代>
“叱る教育”“けなす教育”で有名な、シンクロの井村雅代コーチの話です。同じようなことがどこまでできるかはわかりませんが、心に留まった点を書き出させていただきます。
私はあえて叱るようにしています」「私はいつも叱っているように思われていますが、正確には少し違います。その時私は“本当のこと”を言っているだけなのです。良いことは良い、悪いことは悪いとはっきり言わなければ、人には伝わりません」「私は人を叱る時に守っているルールが三つあります。それは“気分で叱らない”“その場で叱る”“昔のことで叱らない”の三つです」「コーチは、選手に目指す高みはどこなのかを明確に指示してあげなければなりません。人勢育成とは、教え子や部下がどんなゴールをするのかを考え、実現させることなのです
“叱る”というのは本当に難しいと思います。しかも時代的にさらに難しくなってくると思います。ただ、“叱る”ことで結果を出されている方も多く存在され、お話しを聞くと感動することも本当に多いです。間違いなくそこにはとてつもない“愛”を感じるからです。“愛こそすべて”です。今回のお話しでは特に叱る時の三つのルールはたいへん参考になりました。深い愛情をもって人材育成に取り組んでいきます。
 
今号も多くの学びをいただきました。ありがとうございました。

仲本博昭
仲本博昭 (@36l1amcndo0yxvur6zu1)
2021年10月28日 1:42 PM

機関誌 盛和塾 第89号 【 仲本 博昭 】
 
『塾長理念』【道を誤らぬための羅針盤を持つ】
 人格というものは「性格+哲学」、性格という先天性のものに哲学という後天性のものを付け加えていくことにより、人格は淘冶(人の性質や能力を円満に育て上げること)されていく、我々がこの機関誌「盛和塾」の読書マラソンも、その一助なるよう、走り続けてまいりましょう。
 
『塾長講和』【人類を導く新しい哲学の構築】人格と才覚
 塾長の『過去には宗教というものが人類の方向を決めてきました。しかし、現在は世界的に宗教が疎んじられている状態にあります。もう宗教が導く道徳、哲学というものでは、現代人を納得させることはできないのかもしれません。「我々はこういう生き方をしようではないか」という新しい倫理を我々自身が編み出せるかどうか、そして、それを世界中の人類が共有できるかどうかということが、たいへん大事になってくるだろうと、私は思っています』このお言葉が、実に見事に自分の思い、考えを表現してくださっていると、たいへん嬉しく思いました。
 
 塾長のこの思いが「稲盛倫理賞」につながり、「リーダーのあるべき姿」「企業倫理とリーダーシップ」というご講演にへ、そしてケース・ウエスタン・リザーブ大学に倫理的なリーダーシップを研究する施設をつくりたいと申し出られ、倫理というものを学問の基軸に据えていこう、さらにはこれを全米の大学に訴えていこうと決められたのです。その目的のために「倫理と叡智のための稲盛国際センター」が稲盛財団の寄付で設立される、本当にすごいことだと思います。
 
・一国は一人をもって興り、一人をもって滅ぶ
・経営者の行動の正否によって、企業の繁栄や従業員の運命が決する
・徳の高いものには高い位を、功績の多い者には報酬を
・リーダーの資質は「才覚」ではなく「人格」
・多くの人々を率いるリーダーとは、報酬のためではなく、その使命感を持って集団のために自己犠牲を払うことも厭わない、高潔な人格を持っていなければならない。
・深沈厚重なるは、これ第一等の資質
 リーダーとして一番重要な資質とは、常に深く物事を考える重厚な性格を持っていることであり、リーダーとはそのような「人格者」でなければならない。
・『才覚』は『人格』によってコントロールしなければならない
・繰り返し学ぶことによってつくられる『第二の人格』
 第二の人格とは、人間が生まれながらに持っている先天的な性格が、その後人生を歩む過程で後天的に築き上げられるもの
・多くの社員を雇用し、社会的な責任も大きな経営者には、率先垂範して、自らの人格を高め、それを維持しようと努力することが不可欠
・人格を磨き人格を維持しようと思えば、自分の心の手入れを怠ってはならな
 い
・絶え間なく努力を重ねていくことで、はじめて自分が元々持っていた性格の歪や欠点を修正し、新しい人格、第二の人格を作り上げることができる
・プリミティブな教えを守りとおすことが企業統治の最善の方法
 単純でプリミティブな教えを、まずは企業リーダーである経営者や幹部が徹底して守り、また社員に守らせる
・リーダーが率先して人格の向上に努める。そしてその高潔な人格を維持するために、不断の努力を続ける
 
思想の深遠なるは哲学者のごとく、
新術の高尚正直なるは元禄武士のごとくにして、
これに加うるに小俗吏の才をもってし、
さらにこれに加うるに土百姓の体をもってして、
はじめて実業社会の大人たるべし
 
・天から授かった才能を自分のためだけに使ってはならない
・決して驕ってはならない、常に謙虚でなければならない
・『人生劇場』の主役を演じる者は、その才能を世のため人のために使わなければならない
 
『塾長夜話』今こそ必要な経営者の文明観と倫理観
・自分のためより世のため人のために
・人の心を羽化にまとめるかが大事
・報酬より信頼、尊敬されるリーダーに
 
『加勢克己様』株式会社丸漬
 売上高13億2,500万円、営業利益390万円、経常利益50万円、経常利益率0.038%、87号で西利さんの発表を読ませていただいたので、“えっ“って感じでした。塾長例会でご発表されたものだと思いますが、加勢さんはよく勉強されていますし、人間性も発表に現れています。なのに利益が出ない、はじめは何か節税でもしているのではないかと思ったのですが、どうやらそうでもなさそう、しかし、15年以上、売上14億円の売上を維持しているのになぜ、わずかな利益ですが、赤字も出していない、不思議な会社です。我々は会社の未来のため、働く従業員のため、その家族のため、しっかりと利益を残していかなければなりません。
 
 塾長コメントを読んで合点がいきました。加瀬さんは、お兄さんが経営していた時に、儲かっていて脱税していたことがトラウマになって、あまり儲かってはいけないという潜在意識があるようで、加瀬さんは社長でありながら、いつまでたっても会社の経理、会計というものを知ろうとしなかったのです。そのことによって、『売上を最大に、経費を最小に』『値決めは経営』というフィロソフィが抜けているということです。
 
 それにもまして問題なのは、加瀬さんの社長としての責任感の無さです。「社長というのは肩書きだけです」この言葉から、私には加瀬さんが今まで社長をしてこられなかったのだと知りました。これからの加瀬さんのご活躍を心からお祈りいたします。
 
『粟田省三様』株式会社ヤスブン
 粟田さんの会社は50億円の売上がありながら倒産、200億円の会社、300億円の会社も潰れてしまった。酒販事業の厳しさを教えていただきました。この難しい商売でも、塾長なら素晴らしい事業にされてしまうのだろうと思ってしまいました。なくてはならない事業、その存続の方法がないはずがない、我々は従業員とその家族を守らないといけません。そうならないように、しっかりと経営をしてまいります。
 
『心の研究』【愛があるなら叱りなさい】
井村さんに対しての評価は、賛否両論いろいろと聞かせていただいていますが、何よりもすごいのは結果を出す、ということに尽きると思います。井村さんが中国に行けば中国が強くなり、英国にいけば英国が強くなる、すべて結果を出しています。また、2014年に日本に戻られ日本代表コーチに再就任され、2015年の世界水泳で結果を出されています。井村さんは大阪府出身、言葉がきつくスパルタで嫌悪感を抱く人もいるかもしれませんが、大いなる大善の人なのだと思います。
 
人材育成とは、教え子や部下がどんなゴールをするのかを考え、実現させること、「しんどかったけど、良い結果が出た」と言わせたい、限界を自分で決めてはいけない、人間は背伸びをして無理にチャレンジしている時は夢中ですが、少し余裕をもって振返ると、私の人生は良い時を過ごしたなと思う、この言葉からも井村さんの愛を感じます。シンクロに一生を捧げる井村さん、今後の活躍も期待しています。
 

【89号完】

福岡 英一
福岡 英一
2021年10月31日 5:14 PM

盛和塾 89号
 
経営と倫理・哲学
何のために経営を行うかという問題がある。
組織は利益がないと成り立たない。
そもそも従業員に満足のいく給料を支払えない。
収益を上げることが大切である。
利益を上げて、従業員に給料を支払い、賞与を払い、
そして利益のかなりのパーセントを法人税(個人事業は所得税)として支払う。
税を納めることはこれはこれで立派な社会貢献である。
利益を上げる、賃金を支払う、納税する。
立派な社会貢献である。
また、個人的にも所得が高ければ、累進税率で、所得税は高くなる。地方税もたくさん払い、地方にも貢献していることになる。
今、分配の問題が問われているが、加齢を重ねても、高い所得をあげると、たくさんの所得税、地方税をしはらう、病気にかかっても、負担率が高い、高額療養給付の戻りも少ない、在職老齢年金給付で公的年金もカットされる。
介護保険料も高い額を支払う。
頑張れば頑張るほど、そして高い所得を得れば、持ち出しも大きいように世の中は出来ている。
したがって、正当に働き、付加価値の高い仕事をして利益を生み出すことは単なる私利私欲でなく、社会に貢献することになる。
しかし、ここで問題がある。
いかにして、利益を生み出したかということである。
倫理や道義に反する後ろめたいことをして、利益を生みだしているとしたら、それは反社会的行為になると言わざるをえなくなる。
また、世のため、人のため、本当に役に立っているかという問題もある。
そこで、経営としての倫理、哲学といったものが必要になってくる。
自社の経営の目的・意義は何なのか、そして、その経営理念に基づいた経営をしているか。
正しい倫理感に基づき、世のため、人のためになる事業を展開し、そして、高い付加価値を生み出す。
そのことが重要となってまいります。

 R3.10.31 福岡 英一

米田 稔
米田 稔 (@89zwf1gjwuods3ar30t7)
2021年11月1日 10:52 AM

機関誌89号
塾長講話からは人格と才覚と銘打ち、リーダーの倫理観についてでした。企業の腐敗としては有名なエンロンとアーサーアンダーセンの破綻。これはリーダーの資質とそれだけでなく、高額な報酬体系により、堕落するとの教えです。頭がよくて才覚があり、弁舌が立つことがむしろ原因であり、人格を補完せねば永続的なリーダーとならない。「才子、才に溺れる」となり、人並み外れた才覚の持ちに主であればあるほど、それらの力をコントロールする「人格」も同じように高めていかねばならない。そこにフィロソフィが必要なのです。自分が元々持っていた性格の歪みや欠点を修正し、新しい人格をつくりあげるのだとも仰られていました。素にあるものをそのままではなく下にも下げず、上に上げ続けていくことで、より新しい自分を作る。そしてそれが従業員や顧客も一緒に幸福の価値を上げていくのだとおもいます。そのためには、ほんとうに小さなことを一つずつ積み上げる努力。少しの意思決定や判断でも良識を使い、また普段から寄付や手伝い等、第3者のためになることを行うことでより磨かれていくのだと思います。
天から預かった才能を自分のためだけに使ってはならないという言葉はとても好きな言葉です。公共幸福のために何が自分にできるのかをいつも考えるようにしていますが、つい無意識化でそれが解けるときもあります。そのときにこのように引き戻してくれる塾長の言葉はとてもありがたいです。
 
われ虚心に経営を語る
沖縄の広告会社、エマエンタープライズ大城塾生は、幼少期には厳しい父親と働き者の母親に育てられ、また父親の作った7000万の借金からのスタートです。
不景気な当時です、おそらくに誰に負けない努力の結晶を毎日毎日積み重ねられたのではないでしょうか。沖縄セルラーとの運命的な出会いと、これまでの頑張りが重ね合わさり、業績を伸ばされてこられた。ここで慢心しないのが盛和塾生でもあり、もともとの負けん気の強さや、ひるまないメンタルと頑張り気質をもとに、さらに数字面でも内部留保を高め従業員満足度も高められたからこそ、単なる下請けの広告代理店でなく、元請けができる、広告代理店へと成長に導かれていったのだと理解しました。

Kishi
Kishi (@kmzrwqxwisl8qssjocrv)
2021年11月6日 11:24 PM

機関誌 盛和塾 第89号 【 岸 克行 】
 
『塾長理念』【道を誤らぬための羅針盤を持つ】
 哲学を持つ。幸いかも知れませんが、ほとばしる才がなかっただけで、無事人生を過ごしてきましたが、私にその才があればとっくに破綻していたでしょう。
人格=性格+哲学。前者は生まれ持った先天的なものだとしたら、後天的に良い哲学を身に着け高めることによって人格をみがいていく必要があります。
 
『塾長講和』【人類を導く新しい哲学の構築】
 人格を磨き維持しようとするなら、心の手入れが欠かせません。ということは、手入れをせねば、維持さえできない。あっという間に雑草だらけになります。盛経塾大和の月2回の学びの場は、雑草を抜かねばならないと自分に向き合える貴重な機会です。
 
『われ虚心に経営を語る』
【株式会社丸漬 加勢克己様】
良いものを作りながら低収益すぎる経営をされています。過去の兄が経営していた時代の脱税事件の反動でしょう。塾長のコメントでも叱責されていました。
他は正しく経営されているので、伸びしろが凄くある状態です。
 
『心の研究』
【愛があるなら叱りなさい 井村雅代様】
 厳しさばかりが喧伝されていた井村コーチ。繊細さに驚嘆しました。今まで成果を出されてきた面しか存じ上げていませんでしたが、これほど選手と呼吸を合わせてアドバイスするタイミングを見つけておられる。この繊細さがあるからの厳しさを感じました。厳しさの裏に、これほど選手個々のゴールを思って指導しておられたとは。

蔦田照代
蔦田照代 (@e76hvhwhyzfewfqfh7uw)
2021年11月7日 6:48 PM

■塾長理念
~道を誤らぬための羅針盤を持つ~
古来「才子才に倒れる」と言われる通り正確に溢れた人はついそれを過信してあらぬ方向へと進みがちなものです。それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが理念や思想であり、または哲学だと塾長はおっしゃっています。人格を磨いて性格と哲学を併せ持つ人間像を目指したいと思いました。

■塾長講話
〜人類を導く新しい哲学の構築〜
塾長と同じように私も現在の人類が作り上げた近代科学の文明はいつかはなくなると思っていました。人が作り上げたものはいつかは滅びる。今後の時代は、私たちが考え方や生き方を変えていくべきなのだと感じています。 そのためにコロナ禍が起こったのだともいえるでしょう。
今まで良しとされていたことが本当にそうなのか?今まで正しいとされていたことが本当に正しいのか?一つ一つ見直しをしていくことが重要だと思います。 

そして「どの時代にも重要とされるのが人格です。人格とは人間が生まれながらに持っている先天的な性格が、その後人生を歩む過程で後天的に築き上げられるものだ」と塾長はおっしゃいます。

人格は一夜にして作るものでもなくそれを維持しようとする努力も必要です自分の心の手入れを怠ってはならないと言うことです。
人間としての正しい生き方を繰り返し学びそれを常に理性の中に押しとどめておけるように努力することです。また自分の行いを振り返り反省することも大切です。学んできた人間としての正しい生き方に反したことを行っていないかどうか、厳しく自分に問い、日々反省をしていくことが大切なのです。

このように絶え間なく努力を重ねていくことで初めて自分がもともと持っていた性格の歪みや欠点を修正し、新しい人格、「第二の人格」を作り上げることができるはずだということを肝に銘じたいと思いました。

そして、盛経塾大和での学びや、機関紙マラソンを継続していくことが、私にとって、とても重要なことだと改めて思いました。まさに「人生道場」ですね。

あとは、「才能を私物化せず世のため人のために使う」という考え方にとても感銘を受けました。天から預かった才能を自分のためだけに使ってはならないという考え方が私にはできてなかったです。 いかに才能に恵まれていようともその対義の才能を自分だけのために使うのは決して許されないはずだと塾長はおっしゃいます。素晴らしい才能を持ちビジネスで成功したとしてもその成功をもたらした自分の才能が自分のものでないとするなら、決して怒ってはなりません。常に謙虚でなければならないはずです。その才能を世のため人のために使うという姿勢を常に持ちたいと思います。その考え方が謙虚にして驕らずということでもあると思いました。

~あの日あの時稲盛和夫~
西垣さんの書かれた文章を読んでいると塾長の素の人間性がとても感じ取れて、そんな面もあったのか、やはりそういうところは首尾一貫されてたんだな、そんな激しい部分もお持ちであったのか、などなど塾長のお人柄をとても身近に感じました。

一番塾長の言葉で響いた言葉は「経営者には大胆さと細心さ、厳しさと優しさという二律背反したものが必要だ。時に厳しく時に優しくで中庸ということはない。二律背反する二つを自在に行き来できなければならない。」の部分です。
中庸が良いと思っていましたが、経営者は二律背反が大事だということを学びました。

西垣さんはこうもおっしゃいます「私が稲盛和夫という人物から教わった最も大切なことは、やはり「社員の幸せ。人の悠久の幸せといったものを守らねばならない」ということです。そこから、色々な決断をされるけれども、大元の味方として、真摯な姿勢や善意という心がブレることがありません。

私も今の仕事において常に人の幸せをどうやって守ることができるか、目の前の人をどうやったら幸せにできるかということを常に考えていこうと思いました。


今回のは以上です。いつも学びをありがとうございます。

宮畑和広
宮畑和広
2021年11月7日 8:35 PM

機関誌マラソン89
宮畑和広

●塾長理念
人格とは「性格+哲学」とはなるほどと思いました。
哲学の取り入れはやはり書物からが一番多いかと思います。
機関誌を含めて読書の時間をなんとか増やしたいと思いました。

●塾長講話
「企業統治に近道はありません」「リーダーが率先して人格の向上に努める、不断の努力を続ける」
私はこれしかないと思いながらも私の目の前のあまりにもかけ離れた駄目な現実を見ると、ついついやる前から愚痴が出そうな時が毎日のようにあります。
そんな時、「千里の道も一歩から」とアンガーマネジメントのように心の中でつぶやきながら事に当たっております。
近道は無い、先ずは自分が良い方に変わり、動き出さないと何も改善されないと。

●「人格によって才覚を使いこなす」
才覚が主人となってその人を動かす、これもなるほどと思いました。
私も周囲でなまじ才覚があるから大成しない人をたくさん見て来ました。

●塾長夜話
この章では才覚に使われてしまわない為には「自分の為より世の為、人の為に」という文が有ります。
今回、この考え方を先ず持てば才覚が主人にならないように出来るのだと分かり安く教えて頂きました。
今後、社員の中でもそんな社員がいたら、それを基準にすれば社員を指導しやすくなる気がしました。

●井村雅代氏
「気分で叱らない」は難しい事ではありますが常に心がけておこうとあらためて思いました。
逆に「その場で叱る」には勇気が要りますが頑張ります。

●あの日あの時
「大学名は一切記載するな」
私もいい大学の学生を見たらついつい採用にしてしまいたくなる事があります。私はそれで失敗も多くして来ました。
私の失敗でもありますが雇われた社員側にも言えるのは学歴だけでは決してその人の人生は守れない、という事に本人も早く気づかないと不孝になると、この頃思うようになりました。

○不満を持って辞めて行く人の送別会は私も大嫌いです。
口には出しませんが、そんなものをやってる社員を見てるだけでもイライラしてしまいます。

今回も学びの場をありがとうございました。

高瀬雅庸
高瀬雅庸
2021年11月7日 8:59 PM

機関誌マラソン89号(高瀬)
 
「道を誤らぬために」
 
「人格」というものは、「性格」+「哲学」で表せる。
私が生まれながらに持った性格についてですが、特に傲慢不遜で自信過剰。独善的。損得勘定でモノを考え、人の想いに気を馳せず、自分の考えだけを主張していた20~30歳頃の自分の性格は今思うと恥ずかしくなります。親からの愛情は感じ続けて来ましたが、どうしてそんなに「無償の愛情」を持てるのだろうと不思議でした。ひとことで言えば幼稚でした。同じ世代の人間が落ち着いた思いやりのある大人の考え方をするのに対し、自分は何が足りないんだ?と迷うこともありました。その後、自分の納得できる方向で努力を重ね、仕事に打ち込んできました。でも、そこには「哲学」はありませんでした。物事は体系的に学んで納得して身に着けたいという性格でしたので、いろんな人の本や助言は、見聞きしただけではあまり身に着いた気がしませんでした。今思うと、2016年に盛和塾にお誘い頂き、稲盛哲学に出会うことが出来たことを、本当にありがたく感じます。
 
「リーダーの資質は、才覚ではなく人格」
「繰り返し学ぶことによって作られる『第二の人格』」
 
常に学び、常にそれを身に付ける努力を続けていなければ、それは「人格」にまで高まらない。絶えず努力を重ねていく事で、初めて自分がもともと持っていた性格の歪みや欠点を修正し、「第二の人格」を作り上げることができるはず。このことを盛経塾やマラソンのたびに目にするのですが、いつもハッとさせられます。二重人格ならぬ、第二の人格を経営者として演じ続けなければなりません。その為に心を磨き続け、自我や利己を踏みつけ続けることを肝に銘じなければなりません。
 
「決して驕ってはなりません。常に謙虚でなければならない」
 
塾長も皆が賞賛し、京セラも大きく成長してくると、有頂天になりそうになった。でも、その社長の役割は、「稲盛和夫」である必要はなかった。たまたま「社長」の役を演じたのが自分であっただけで、それを成し遂げたのは自分であると思うことを自ら禁じられました。そして、自分に才能があったとしても、それを自分自身のために使ってはならないと自覚され、私心や自我が顔を出そうとしている自分自身を猛烈に反省されました。なんというストイックさなのでしょう。なんという厳しさなんでしょう。心で思う事さえも許さないという自制心に強く感銘を受け、私自身が心を律するためのお手本を示して頂いたように思います。
 
「人格が才覚を抑えるには何が必要なのか」
 
クライアントがそのプランを採用した場合、本当にクライアントが良くなるかどうかとより、自分のほうに関心があってやっているのだとすれば、それは「才覚」に使われていると言うことを意味する。
・・・恥ずかしながら、そんなことは幾らでもあるのが自分自身の実情です。口では理念を説き、塾でも世のため人のためと言いながら、私自身の成績や会社の業績のことをまず考えてしまっているのが現状です。あくまでも、自分と会社のために尽くすことは二の次であり、目の前のクライアントや他人のために尽くすことを「第一義」であると、ウソでも自分に言い聞かせ、人格を矯正し続けねばなりません。今は曲がりなりにも「機関誌マラソン」が矯正してくれていると感じています。しかし、このマラソンが無かったら・・・と思うと恐ろしくも感じます。
以上。
 

久保貴啓
久保貴啓 (@wzs1vyadkljom74ffc4n)
2021年11月7日 11:22 PM

機関紙マラソン89
株式会社サキカワ 久保貴啓

●塾長理念
道を誤らぬための羅針盤を持つ
正にわたしにとっての盛和塾の存在が、この言葉に当てはまるものでした。何度も話しておりますが、自身の過去において、自分なりの正義感や判断力、人生における道徳心は、今思えば自己流の自身のその時によって変化するとても恥ずかしいものでした。あの頃の羅針盤では、今頃遭難や沈没をしていたように思います。
盛和塾という羅針盤やソウルメイトを得てからは、フィロソフィと正しい考え方を持つ仲間と、人間として何が大切か?と、常に問いかけることによって、自身の行動や会社での判断に自信が持てるようになり、まだまだ未熟ながらも自信をもって前に進めているように思います。この事を常に意識する事でこの先も大きな間違いや失敗は無いように思います。そして人格や会社の幹をもっと太く強いものにし、
●塾長講和
人類を導く新しい哲学の構築  -人格と才覚-
冒頭に塾長より現在の人類が作り上げた近代科学文明は、そう長くは続かないのではないかと危惧しています。おそらく21世紀中に滅びるのではなかろうかと言うほどの危機感さえ持っています。これからは、我々人類が今まで正しいと思っていた哲学、現在の文明を支えている考え方そのものが通用しなくなっていくのだろうと思います。過去には宗教と言うものが人類の方向を決めてきました。しかし、現在は世界的に宗教が疎んじられている状態にあります。もう宗教が導く道徳、哲学と言うものでは、現代人を納得させる事はできないのかもしれません。
とても恐ろしい内容です。私自身もしっかりとした考えはなくとも、同じような危惧を持っていました。冒頭の内容があまりにも衝撃的な内容であるため、これから学ぶことに対してとても大切な意味を持つものだと思いました。
○国家も企業もその盛衰はリーダー次第
経営者の行動の成否によって、企業の繁栄や従業員の運命は決定する。
リーダーを墜落させる高額な報酬、現在のようなあまりに高額なインセンティブは麻薬のようにリーダーの精神を蝕み、倫理観を撒きさせてしまう恐れがあります。「徳の高いものには高い位を、功績の多いものには報酬を」
本来、多くの人々を率いるリーダーとは、報酬のためではなく、その使命感を持って集団のために自己犠牲を払うこともいとわない高潔な人格を持っていなければならないはずです。それは利他の心を備えた、素晴らしい人格者でなければならないと思います。必要に応じて自分の欲望を抑え強い(親や、その成果を社会に還元することに心からの喜びを覚える利他の心。
人格を磨き、人格を維持しようと思えば自分の心の手入れを怠ってはなりません。絶え間なく努力を重ねていくことで、初めて自分がもともと思っていた性格の歪みや欠点を修正し、新しい人格、言うならば「第二の人格」を作り作り上げることができるはずです。
企業統治の危機を回避するために単純でプリミティブな教えを、まずは企業リーダーである経営者や幹部が徹底して守り、また社員に守らせることの方がはるかに有効であると思います。リーダーが率先して人格の向上に努める。そしてその高潔な人格を維持するために、普段の努力を続ける。
やはり人格はとても大切であること、才覚は頭を垂れ、常に反省し謙虚に行うことが必要であること。経営者自信が、権力やお金に足るを覚えず傲慢になっていけば従業員や周りが迷惑し、自信も落としていくことがとても理解できました。自分もお金は欲しいと思っていましたが、今は何よりまともに稼ぎ従業員に満足させ、生きていくことに喜びや夢を目指すことの意味を見出して欲しいと思っています。
心からそう思えないと何をしているのか?本当にくだらなく感じるのだと思いました。
●われ虚心に経営を語る
粟田省三塾生
塾長のコメントの中で、損益計算書よりも賃借対照表を意識するようにとあり、内部留保を厚くすること、利を仕入れから得ること、在庫や商品の仕入れ量などから見ることなど、アドバイスされていました。最近決算を終え、少しずつ経営に手を入れているところもあり、前よりも聞いていて理解ができるようになってきました。そして、どうすれば数字が良くなるのか?の道がうっすらと想像できるようになってきたのも嬉しいことです。
●あの日あの時稲盛和夫氏
株式会社タイトー 西垣保夫氏
とても面白い!
人事マネージャーの視点からという…人事業務における塾長の考え方が、一社員から見ての感想や判断が理解できました。採用の話、送別会の話、中途採用からの会社に馴染むまでの話など、とても勉強になる経験の共有を得る事ができ学べました。
今号ほど、人格に対しての意識を深く学べたのはとても見になりました。
やはりこの先の人生は、将来のために我々経営者やリーダーがしっかりと守っていかなくてはいけないということ、そのためには人格を磨くこと、私利私欲ではなく利他の心で行うこと、そのためにも私利私欲に溺れないよう仕組みをしっかり作ることなどなどとても大切な言葉やヒントがありました。
しっかりと心に刻み励みたいと思いました。

池内俊介
池内俊介
2021年11月7日 11:57 PM

機関誌 第89号

・塾長講話
才能を使うのは人間であり、その人の人格である。会社の社長である以前に、人として常に人格を磨き、人格を維持し、心の手入れをする。
常に洗練された人格によって、才能を使いこなし、会社をより反映させる。
私事ですが、結婚が決まりました。公私において、より一層、人としての人格(心)を磨き続けることの大切さや重要性を考えさせられます。イチ人間として決して驕らず、さらに努力を重ねられるよう精進いたします。

※きちんと機関誌を読み込む時間が取れず、簡単なまとめ方で申し訳ございません。

木下 恵
木下 恵 (@fsmcmxmdzmc4zfszihxy)
2021年11月8日 8:55 AM

道を誤らぬための羅針盤を持つ: 稲盛塾長
 人格を「性格+哲学」という式で表せる、性格という先天性のものに哲学という後天性のものを付け加えていくことにより、私たちの人格を陶冶(とうや)されていくと言うことに非常に共感を覚えました。
 いくら才覚があっても後に失敗したのでは何の意味もありません。
むしろ、それだけ才覚があるだけに人々に大変迷惑をかけてしまう可能性もあります。
私たち経営者は塾長が懸念されておられる「才子、才に倒れる」ということにならないように、悪魔の誘惑があった時には常に立ち止まり、自らの哲学に照らし合わせ判断していく必要があると思います。
その時の判断基準である哲学を自ら構築し、実践していく ことで自らを統治しながら重要な決断を行っていく必要があると痛感いたしました。

塾長講話: 人類を導く新しい哲学の構築・ 人格と才覚
 私は宗教が力を失い、今までの倫理観も力を失って来たので、新しい哲学が必要になって来ていると思います。
 仏教は2,500年、キリスト教も2,000年、成立から時間が経っています。
 先日の実践経営者道場大和の合宿に参加させていただいた時に、2日目の講師としてお話しいただきましたJT生命誌研究館の中村桂子名誉館長は、自然崇拝(アミニズム)、その次に宗教が生まれ、絶対神が力を持っていたところにルネッサンスが起こり、教会の権威から脱却し、宗教の相対化が始まり、ラテン語だけで話されていたキリスト教の教義が翻訳され人々に情報共有がなされたと教えてくださいました。
 その後、科学技術が発達し実存哲学などが現れ、人は神の呪縛から解放されます。
 私はこの時点で旧来の価値観で包括できなくなって来たのだと思います。
 その後、日本に代表されるように現人神(天皇)や旧来の倫理観(全体主義への曲解、利用もあり)で第2次大戦を戦い敗れたことによって、これらは完全に崩壊しました。
 従って、過去の倫理観を取り戻そうという動きもありましたが、それも年々力を失って来ていいます。
 私も旧来の倫理観を大事だと思って来た一人ですが、 塾長講話の表題にもありますが冒頭で塾長も仰っているように「もう宗教が導く道徳、哲学では人々を納得させられなくなっているのではないか」という言葉を読んで私は「これはもう間違いないな」と確信しました。
 最近、新しい倫理観、価値観が必要であるという意見をいくつか読むことがありました。
 続いて中村桂子名誉館長は。 これまで科学技術の次に自然であったものをその順番を逆転し自然中心に考えその次に科学技術を生かすという発想の転換の必要性を教えていただきました
 これまでも我々人類は自然を優先し上を優先し科学技術を優先してきたように、 必要に応じて常に順番を変えてきたのです。
 今回も地球環境の悪化を踏まえてその優先順位を変える事は出来るはずです。
 これまでとただ1つ違うとすればそれは我々人類が科学技術を駆使し、地球環境にこれまでにないほどの影響を与えてしまっているということです。
 ただ、合わせて 我々人類は地球環境を良くする科学技術も持っているのですか、手遅れになる前に取り組むべきだと考えています。
 このように歴史の転換期に、塾長が表題で示されている様に、新しい時代にマッチした哲学を我々人類が自ら見出し、共有し、活用していただければならないと思いました。
 その1つが確かに いつも塾長が言われる「足るを知る」という先哲の知恵でしょう。
 確かにコロナ禍と時を同じくして環境問題への取り組みが世界的に加速しました。
世界ではコロナ禍で多くの人々が亡くなり、経済が止まり、教育も停滞し、やむを得ず立ち止まって考える機会となりました。
コロナ禍をきっかけにして人々は地球環境の保全、我々経営者は欲望の資本主義から倫理の資本主義へ、そして機械的合理性の経営から生物学的多様性の経営へと 舵を切る転換期を自覚しようとしているのかもしれません。
 私自身も過去に機械的で合理的な発想で従業員を働かそうとしていた時期があります。
 あろうことか、塾長のフィロソフィをその考えを押し付けることの正当化に利用してしまっていたのです。
 そして恐ろしいことに私自身がそのことに気がついていませんでした。
 私自身「全く気づいてなかったか」というと「違和感」は感じていました。
しかし、当時の私は学びが浅く中途半端にフィロソフィを理解し、導入しようとしていたためにこの決定的な間違いに気がつかなかったのです。
 その後、社内の大きなトラブルを体験し、私自身が2年間悩み苦しんだ後に、現在の経営理念の中に「従業員の物心両面の幸福を追求する」という一文を入れることで私自身の従業員への考え方が変わり、家族のように愛おしく思え、感謝の念すら覚えるようになりました。
その結果、幸運が舞い込み業績も上がり、従業員も能動的に働いてくれるようになりました。
 何より私自身が変わったことで、 一人一人の従業員の 違いと特徴を肯定的に捉えることが出来ましたので、結果的にダイバーシティーのように多様な価値観を理解しようとつとめ、私自身が寛容性を少し身に付けることができたと思います。
 そうすると自然に従業員を愛することが出来るようになったのです。
 「どうしたら従業員を愛することが出来るか、また逆にどうすれば従業員に愛される経営者になれるか」という経営者としての永遠のテーマの答えがここにありました。
 答えは塾長とも懇意にされているという中村桂子先生に教えていただいた「愛づる」という言葉、「人のことを知り深く、味わうことでその人のことをいとおしく思えてくる」という意味ですが、 単に相手の良いところを探す、 悪い面だけを見ずに良い面にフォーカスするというだけではなくて、「味わう、深く知るという理解を深める行為をしてあげる」、ということです。
それもあきらめず続けることで、昨日まで扱いにくかった従業員ですら愛おしく思えてくるということを現在体験しています。
 この「扱いにくい従業員や、もっといえば昨日まで嫌いだった人に対してですら、あきらめず愛づることを続ける」という行為はとても尊いものであります。
しかし、頭で考えているだけでは難しい。
 私の場合は従業員に対して何か困難を感じたときに、「この人は私の家族なのだ、私の息子であり娘だから大事なんだ」 と思うように努めました。
 この時私は自分の家族に対する愛情を思い出し擬似的に代用したわけですが、 それがいつの間にか本物の愛情になって、「愛づる」状態になっていました。
 一見頭で考えているようですが、私は家族への愛情を思い出し当てはめておりました。
ですので、頭ではなく心、愛情、優しさ、愛おしさ、そういった 家族に対して持つ感情で捉えていたわけです。
 私の場合は家族ですが、私は周りの人を愛することの大切さ守る努力も大切だそういったことを知ることの大切さを気づきました。
 自分の大切な人を大切に出来る人でないと、本来赤の他人の従業員を愛おしく思えるはずがありません。
引いてはお客様や、協力工場や仕入先の人々を愛おしく思ったりすることが出来ないと思います。
 周りの人々に感謝し、いとおしく思い、大事にする事がどれほど大事なことなのか、今回の実践経営者道場大和さんの合宿とちょうど機を同じくして偶然読んでいた今回の89号の機関誌における学びを通じて、今回の塾長の表題である「人類を導く新しい哲学の構築」の答えにどこまで迫ることが出来たかどうか分かりませんが、 私はここに答えがあるような気がします。
 私たち人間が現場を大きく変えようとしますとまずは頭で考えて行動しようとします。
しかし、意図的に地球を愛し、自然を愛し、 人を愛そうとしましてもそれが本物でないことを自分自身が知ってしまっていますからどこか冷めているわけです。
この「愛づる」行為が すばらしいと思うのは最初はこの行為を始めるには、これまた意図的に始めなければなりません。
しかし、その対象となる自然や人を観察する場合、 深く味わおうと多面的に見ることをしますので、そのたびに新しい発見があり理解が深まり、しかも客観性もありますから おのずと継続的に楽しめます。
これは私の場合は自分の寛容性と 人への優しさの開拓であり発掘でした。
そしてこれが一番大切だったと思うのですが、「愛づるという意図的な行為がいつの間にか私の家族に対するものと同じく、潜在的な感情から湧き出てくる愛おしさに変わってきた」のです。
 このように「人が互いに愛づる」ことが出来たならば、我々人間は自分さえよければいいという欲望が抑えられると思います。
 結果として世の中にいたわりや愛おしさが満ちて争いや憎しみや貪欲は減り、 新しい倫理的な社会が生まれるのではないでしょうか。
 できることならば、このような自らの潜在的な感情を味方に出来るような原理から、新しい哲学を発展させていくような発想で、 塾長のおっしゃるような「人類を導くような新しい哲学」が生まれ てくることを願います。
 それは稲盛経営哲学であってもいい、現に前述の中村桂子名誉館長は稲盛さんとご懇意で、塾長と尊敬し共感されておりました。
 実際には相通じているので稲盛経営哲学には「愛づる」という考えも包含されています。

 この様に世界では新しい哲学の登場は待たれるところですが、私たちは人生においても会社経営においても日々様々な決断をしながら生きております。
その判断を間違わない様に、利他の心を高めて欲望をコントロールしていくことが大事だと思います。
どんな素晴らしい哲学でも実践しなければ、ただの自己満足のお題目で終わってしまいます。
 私たち経営者は実践者です。
 その様な自己満足だけで満足出来るわけはありません。
 そう思うようにして実践しつつ、それが自分の習い性になってきたら、今度はそれをやめない様に研鑽を続けていくことが大事。
 つまり、死ぬまで修行と言うことですね。
 
塾長夜話:今こそ必要な経営者の文明観と倫理観
 近年のアメリカの経営者と従業員の報酬の格差を従業員は身分制度の様だと評されました。
 本当に従業員さんにそんなことだと思われては大変だと思いました。
 金融界の人たちも自分たちの役割に悩んでおられる様です。
 塾長は個別にお答えになっておりましたが、利他の精神で顧客や投資家にとって良いかどうかで判断することを塾長はお勧めされておりました。
 どれほど重要で花形な仕事であっても、それに人間の欲が絡む度合いが大きいほど、高い倫理観を持って仕事をすることが大事だと思わせていただきました。

今回も多くの気づきをありがとう御座いました。

明里幸祐
明里幸祐 (@0miirgmiga9yiue8zt76)
2021年11月8日 11:20 AM

明里スプリング製作所
明里幸祐

塾長講和
人類を導く新しい哲学の構築
「才子、才に倒れる」
才がある者はいつのまにか自分自身に陶酔し、過信し、誤った判断をしてしまう。それは故に自分自身にが未熟が故に起こってしまうように思えます。才覚は人格によってコントロールしなければならないとありますがまさに己の心の出来高によって左右されるものであると理解できます。
しかし、せっかく成功して安泰したのに天狗になるな、己を律せよというのは成功者も中々心が休まらないものですが、リーダーこそが率先して人格向上ひ努め、高潔な人格を維持するために不断の努力を続けるこれこそが本来あるべきリーダーの経営者の姿であると気づく事ができました。
また塾長はその才覚は天から与えられたものであんたのものではない、その能力を世のため、人のために使いなさいと説かれています。仏のような行為ですが、あなたは仏様のようだと周囲から言われ尊敬される、経営者、企業が果たしてどれだけあるのか、そのような姿になる事ができた企業は間違いなく、さらに発展し、周囲から必要とされ、世の中はなくてはならない企業、存在になる事こそが我々が目指す目標であるとあらためて認識できました。

心の研究
愛があるなら叱りなさい
井村雅代氏

アーティスティックスイミングのヘッドコーチとしてはあまりにも有名な方です。丁度、中国にいかれている時の内容でしたが、この時の日本は確か、中国、スペイン、ロシアに負けていた時だったように思います。中国の大躍進には驚かされたのを思い出します。井村氏の教育はとにかく叱るというイメージです。無論ただただ叱るというのはただの理不尽で私が経験したような高校の監督がするようなものではないと、そこには愛があったのです。
スポーツも経営も、結局最後は結果が大切です。
井村氏も言われている通り、プロセスよりも結果にこそ価値があるというのは通ずるところがあるように思います。しかし、同様に従業員に対して叱る事は非常に難しく思いますが、井村氏が言われる3つの叱る時のルールとして、「気分で叱らない」「その場で叱る」「昔のことで叱らない」とありました。昔の事で叱らないこれは非常に共感できます。叱っているの対象が今なのか、昔の事なのか、あやふやになりますし、また言っていると気が滅入ってしまいます。井村氏のは怒るとは言われません。叱ると言われます。その違いには「愛」があるのだと理解できました、

柳 洋三
柳 洋三 (@yanagi-yoecologic-co-jp)
2021年11月8日 11:33 AM

機関誌89号

―塾長講和―
「人格と才覚」
トップの行動の正否によって、企業の繫栄やや従業員の運命が決する
才覚は人格によってコントールしなければならない
率先垂範して自らの人格を高め、それを維持しようと努力することが不可欠
企業の永続的な発展には経営者(トップ)の正しい判断が常に求められ、それが会社や社員の生活を守ることに繋がること。どれだけ才能があっても、それを正しく生かす人格がなければ誤った道を進んでしまうということ。人格を高めるには率先垂範して物事に取り組む意識、努力する意識が何より大切で、また自身の心の手入れを怠ってはならないと改めて学びました。塾長は何度も機関誌の講話の中でこの人格を高め続ける事が大事であり、一生をかけて行う修行だと仰っておられました。その都度、身が引き締まる思いで読ませていただいています。塾で学びを深めていく中で心を高め続けることの重要性が少しずつですが分かってきたように思います。私には才覚は持ち合わせていませんので、ただただ努力するしかありません。
 
―あの日あの時、稲盛和夫氏―
「人を見つめる経営」
稲盛塾長の経営者としてのご姿勢の素晴らしさを改めて感じた部分がありました。
「塾長は誰もが驚くような質素な生活をされている。玄関を開けたら座布団を敷いてちょこんと座られ、イワシを煮たのをおかずに朝食を食べておられた。
この感覚は今もお変わりないと思います。日常感覚から社員と同じ目線に立つことができて、はじめて社員の共感が芽生えると学びました」
機関誌から塾長が一般的な会社員と変わらないような、普通の生活をされているのはわかっていましたが、塾長のように成功して収入も増えてくれば生活水準も必然的に上がってくると思います。意図してやっておられたワケではないと思いますし、ただただ謙虚で足るを知るというような姿勢を貫いておられた結果ではないかと勉強になりました。

今号もたくさんの学びをありがとうございました。

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